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7月, 2023の投稿を表示しています

おそろいの3人

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 3人というのは親密に過ごすのにちょうどよい人数のように思う。もちろん、2人ならばより密度は濃くなるし、4人になるとつまらないというわけではない。ただ、私は4人以上だと自分以外のメンバーの会話が面白くて聞き役に回りやすい。構成メンバーにたいてい私より話上手な場を引っ張る人がいて、それを受けて返す人がいる。ほどよく話を聞き、ほどよくしゃべり、観客でなく当事者として積極的に関わった上で楽しかった!となるのは3人のようだ。そういえば、この日記も今のところ3人で回している。 ボードゲームを通じて知り合ったKさんMさんと3人でパフェを食べに行った。Kさんとはふたりで映画をよく見るし、Mさんとは旅行をするが、3人でもたまに集まることがある。 今回は私が気になっていた桃のパフェの店に行くことにした。 予約時にわけもわからずコースを選択したら、席に通されてまず生ハムメロンが出てきた。続いてヴィシソワーズ、夏野菜とイカのサラダ……これは本当に桃のパフェが出てくるコースなのだろうか?にわかに不安になる我々をよそに、唐揚げ、エッグベネディクト、パスタ、豚肉を揚げたものが次々と運ばれてくる。「これ桃のやつなの?(間違えられてない?)」Mさんがついに代表してひとりごちると「桃のコースですよ」すかさず店員が答える。そうなのか。しかもこれからタイカレーを出すという。パフェのボリュームがあるという事前情報だけはあったので、警戒したMさんはエッグベネディクトと豚肉を私に譲り、カレーは小サイズを選んだ。私は一級吸い込み士という肩書で呼ばれることもある食いしん坊なので、人の分のご飯を食べるのは得意である。自分のカレーは中サイズにしてなお、喜んでそれらをいただいた。果たして、パフェは来た。 福島県の「あかつき」という桃を見える範囲だけでまるっと6個は使っているだろうか。アイスクリーム、ババロア、ジュレと私が「パフェの流動食」と呼ぶ部分も松明でも灯りそうな大きなグラスにたっぷりと盛られている。通常4人シェア想定のものに予定外のどっしりコースで腹をくちくしてから挑んだので、吸い込み士への分け前が多かったことは想像に難くないだろう。大変美味しく桃を堪能した。 パフェの話を展開させてもいいのだが、今回は食後にKさんがテーブルに並べたものについて言及したい。 「たまにはおそろい、どうかしら」 色違いのイヤリング3セ

おじさんと平和

 夏の宵が好きだ。 思わぬ暗さにはっとする秋、冴え冴えとした冬、霞がかった春、そのいずれとも違う、夕涼みの紺青。どんな灼熱の日であっても、陽が沈めば多少暑さがやわらいで、ちょっと出歩こうかという気になる。立ち込める煙を貫く手持ち花火、つい鼻をひくつかせてしまう火薬のにおい、ガードレールの根本で揺れるねこじゃらしのブーケ。そんな今日は、ついこの間まで「カットスイカみたいだな」と思っていた月がずいぶん太って大変明るかった。 好きなものといえば、楽しそうなおじさんを見守るのも大好きだ。 現在の勤め先は大変古いビルを一棟まるまる使用しており、そのぶん自由がきくので専務(めったに笑わないけど渋くていい声のおじさん)がよく愛犬たちを連れてくるという。以前から噂には聞いていたが、金曜日に出社したらばうばう聞こえたので「とうとう来たな」と思いつつ普通に仕事をはじめた。 上司に「せっかくだから会いに行こう」と連れて行かれるなり激しく懐かれて眼鏡がベロベロになったりもしたのだが、本題はその日の夜である。 外が暗くなる頃には社内の人数はずいぶん減って、それだけ空間にゆとりができる。日中のおもてはあまりに暑くてそうそう出歩けず、なので遊びに来ている犬たちもお散歩にいけなかった。だから人の減った社内をぶらぶらしていたらしいのだが、そのうち不意にミニマム鬼ごっこが始まった。 事務所にはすこし距離をあけてふたつ並んだ出入り口があって回遊することができる。この日ぐるぐる回り始めたのは件の専務と愛犬の黒いラブラドールレトリバーであった。間合いをはかる剣豪のごとく互いをの様子をうかがって、飼い主がわっと顔を出すと犬はピャッと身を翻す。 普段の姿からは想像もつかない、爛々と目を輝かせながら横にスライドするおじさん。あんな楽しそうなおじさん、滅多に見られるものではないだろう。 そのとき私は廊下でひとり軽作業の真っ最中で、降って湧いた供給に戸惑っていた。えらいものを見せられている、最高だけどどんな顔したらいいんだ。テンション上がりすぎてニヤニヤが漏れ出すので、微笑みで偽装するほかない。内心、というか世界から皮膚一枚隔てた中身は大爆発であった。 私は大変よい職場に巡り合ったらしい。 さて翌日。 私はあるフレンチ中華の店の鶏白湯塩ラーメンが大好きなのだが(ラーメン詳しい人はきっとこれだけでわかる)、そこのサービ

日のくれぬうちに

仕事机の横に「日のくれぬうちに」としたためられたポストカードを貼っている。新潟は〈酒道楽 工藤〉という酒屋に縁のある「たつろう」という方の筆である。顔も知らぬ御仁だが、そのような情報がポストカードの宛名面に判で押してあったので、土地の者ではない私にもそうとわかる。 この手書きであろうポストカードは、新潟の鮭が有名な町の、おそらく町民会館のようなところで、縦長の空き箱に差され無造作に配布されていたものだ。いくつか種類があるなか、いちばん気に入った一筆がこの「日のくれぬうちに」だった。 確たる記述こそないが、どうやら出典は詩家であり書家でもある相田みつを氏の書、「生きているうち はたらけるうち 日のくれぬうち」であるように見受けられる。書に関して私はまったくの素人だが、その素人目にも、特に「ぬ」の筆致には相田氏への強いリスペクトが垣間見える……ような気がする。ともあれ、この一節だけが切り取られポストカード一枚に納められた本作には、原典とはまた違った味わいがある。 日のくれぬうちに、さて何をするのだろう。仕事を終えるのか、ごろりと寝転がってしまうのか、はたまた仲の良い友人に会いにゆくのか――想像の余地をおおいに残し、けれど、どんな状況であったとしても、なんだか身の内がそわそわと浮き立つ。いい言葉だ。私はこの言葉から、直感的にこんなフレーズを受け取った。 なんだって日のくれぬうちにやるのがよろしい。日がくれたら酒を呑むのだから。 ところが、この夏である。 日のくれぬうちには暑すぎて窓を開けることすら能わず、散歩もできず、熱中症の危険に晒されながらではお天道様の下で昼間から楽しく酒を呑むこともできない。希望に満ちた私の「日のくれぬうちに」は、今や生活の枷をなんとか取り払い、猛暑の辛さをやり過ごすための悲しいお題目と成り果ててしまった。 こんなことでは、あの日このポストカードと出会って透き通った感動を得た私にも、この言葉をポストカードにしてくれたまだ見ぬ「たつろう」さんにも申し訳が立たない。 せめてお題目ではなく、前向きな祈りの言葉にしたいものだ。日のくれぬうちに、今日もきちんと仕事を終えられますように。日のくれぬうちに、今日もちょっとだけ楽しいことができますように。 そして日のくれぬうちであってものびのび過ごせる秋を、すこやかな心身で迎えられますように。 みなさまも、お身体ど

白髪の道場破り

 白髪(しらが)が生えた。 いや、長さ的にはもっと前からそこにいたのだろうが気づいたのは今日だ。自分の容姿に関心がないので熱心に鏡を見ることがないのである。混じり始めておかしくない年齢であり、母も祖母も白髪であったからいずれと思っていたが目についたのは初めてのこと。老化による落胆はない。むしろこの後どのくらい増えて頭に積もるのかワクワクしている。白髪染めをするくらいなら全てを綺麗に白くしてしまいたい。それでこそ真の白髪染めであろう。思えば、小説やマンガのカラー髪でも白髪(はくはつ)キャラに目が行きがちだ。大きなショックで一夜にして白くなってもよいし、生まれつきそういう種族であってもよい。神秘的な魅力がマンガの白髪にはある。  さて、マンガの話が出たので道場破りに話を移す。 昨晩、秋葉原のボードゲームカフェに行き、その道で強いと言われる人を破ることに成功した。びりびりに破ってしまった。私はかねてより「おばけキャッチ」というボードゲームの猛者を探しては戦いを挑む悪癖がある。少年マンガの主人公のようだと言われることもあれば、バトルマンガの怪物(モンスター)や戦闘狂(バーサーカー)の言動なんだよな!と恐れられることもある。それについては、個人のnoteに詳しく書いたのでここでは控える。( https://note.com/financier893/n/nfcef669e48a6 ) 要は好敵手、そこまではいかなくても叩いても壊れない遊び相手(おもちゃ)を探しているのである。きっと世界にはまだまだ強い人がいるはずだ。北でも南でも可能な限り会いに行きたい。おばけキャッチ仲間が今日流してくれた情報によると、歌舞伎町でホストを生業としている人が対戦相手を求めているらしい。歌舞伎町は、先日草群さんが写真を上げていた美味しいパフェを食べに行く場所であり、ホストクラブには縁のない人生を送っている。仲間内ではおばけキャッチの女王と呼ばれる私が、歌舞伎町で勝てば歌舞伎町の女王と呼ばれるのだろうかとありもしない妄想にくすっとしたしだいである。

ベンジャミン

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 「ベン図の会」と仮称していた座組で日記を回すことになり、さてタイトルはどうしよう、と意見を出し合ったときのこと。 「近場でうまいものを食べたい」くらいの日常的な欲望が重なった(そこが「ベン図」)顔ぶれであって、確固たる志のもとに集ったわけでもない。ならば名前もふわっとしているがよかろうと私は連想の世界に旅立った。 「ベン図」のもつ語感のインパクトは凄まじく、このワードを日常会話にポンと繰り出す瞬発力に感服したこともありなかなか離れることができない。ベン単体の響きはちょっとアレなので、三味線とかベン・ハーとかまあいろいろ頭の中を飛び交って、ちょっといいなと拾い上げたのが「ベンジャミン」である。 ベンジャミンといえばまずベンジャミン=フランクリンで、雷が電気だと証明した人なんですがなぜ真っ先にこの人が出てくるかというとディズニーのせいである。幼少期、というか赤ん坊の頃、我が家にはアメリカで買った紙箱入りのアニメーションVHSが並んでおり、シング・アロングとか他にもいろいろあったうちのひとつが ベンジャミン=フランクリンの話だった。雷をつかまえようと凧を上げるベンジャミン、その凧に乗り込んだのが相棒のネズミという今思えばおそろしい話なのだが、「凧に乗り込む」というその一点がロマンに満ちて大変魅力的であった。あとはめっちゃ雷に打たれてた気がする、くらいしか覚えていないのだが、子供の記憶なんてそんなもんである。 ビデオといえば“No, it's video !!”と叫ぶペンギンのCMが好きだったなと思ってYouTubeで検索しました。びっくりして叫んで踊りだすあの感じ、やっぱり好きだわ。 次が大島弓子の漫画「秋日子かく語りき」。ドラマにもなったが、亡くなったお母さんが若い娘にのりうつり、自分の家族を心配して様子を見に来る話。そのお母さんが大事にしていたのがベンジャミンの木で、名前がフランクリンだった。こういう、日々を連想で紡いでいく感覚は、大島弓子の漫画からも得たように思う。 幼い頃は母の蔵書を貪るように読み、なかには今はなき古いレーベルのコミックスもあって、あの紙の茶色さと線の細さが好きだったなあと振り返る。 で、あとはピーターラビットに出てくるベンジャミン=ラビット。なんかベレー帽被ってた気がする。はて、どんなうさぎだったか……。なにもかもがうろ覚えで……。 と