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やる気の冷凍保存

夫の実家から、乾燥ミントをわさっと頂いた。 あちらの庭で育てている、というか、生えてきたので活用しているミントを摘み、乾かし、ミントティー約二杯分ずつに小分けしたものだそうだ。 小鍋に水を満たし、一包のミントを入れて煮立たせると、驚くほどちゃんとした「お茶」が出来上がる。温かいままでも美味しいけれど、冷やすとなお美味しい。冷たさとメントールの相乗効果。 最近はコレをほぼ毎日、煮出して飲んでいる。かなりたくさん頂いたのに、八月が終わるのを待たず使い切ってしまいそうだ。どうしよう。もうコレなしの夏は考えられそうにないというのに。 こうなったら、我が家でも育てるしかない。ミントを。 庭仕事にことさら明るいほうではないけれど、植物を育てた経験がないわけではない。数年前から可愛い欅の盆栽と暮らしているし、小さな前庭付きの賃貸に住んでいた頃は、プランターで大葉を育てた夏もあった。 ミントというものはとても丈夫で、どんな環境でもおおよそ問題なく生き伸びられるのだと聞いている。うちのささやかなベランダでもしっかり育ってくれるはずだ。 しかも調べたところ、ミントは冬に枯れたのち地中で越冬し、翌年の春にはまた新芽を出すのだそう。なんと経済的なハーブなのだろう。 と、盛り上がったところで、そんなミントの唯一と言ってもよい弱点に行き当たった。 「真夏の植え付けはNG」 なんということだ。 自分で声高に言うものでもないが、私はかなりの飽き性である。ミントティーのためにミントを育てたいというこの心を、夏が終わるまで持続させることができるだろうか。 しかも今、どうせ新しく土を買うなら大葉も再開したいという欲が出ている。 大葉は一年草なので、植え付けシーズンである春にしっかり用意をせねばならない。であればミントもそのタイミングで一緒に植えてしまったほうが効率的であろう。となると、いずれも植え付けは来年の四月、か……覚えていられるかな……。 とりあえずカレンダーに予定は入れたが、文字情報だけで現在の「ミントティーを気兼ねなく、ひと夏じゅう、たっぷり飲みたい」という気持ちを保ち続けるのは難しいかもしれない。 そこで考えた。美味しい美味しいミントティーの素、もとい乾燥ミントを一包だけ冷凍しておくのはどうだろう? それを来年の春頃に飲み、ミント育成へのやる気を養う。やる気の冷凍保存だ。 我が家の...

ヤギも腹を壊すレベル

 ここのところ土日に宿泊を要する遠出が続いた。 群馬に行って静岡に行って富山に行って福岡に行って山梨に行って、気が付いたら梅雨が明け七月が終わろうとしている。 どの旅も濃い中身でとても楽しく、この場を私的乱用して旅行記を書くとしたら、全何回の連載になるんだという長さだけはいっちょ前の大作になる予感しかしないが、それはTwitterとnoteでやりなさい、ね?(引きずられながら帰っていく) 今、ホットな話題としては 文通をしている いや、正確にはLINEのチャットなのだが 文通と呼んで差し支えないと私は思っている。 なぜなら チャットというのは、 一言二言を交互に送り合うキャッチボールや、決め事や事務的な連絡に用いられると思うのだが、 このチャットが異常なのは 1回に送る文字数が 3,600字くらいなことかな! 360字じゃないよ、1回に3,600字 便せんも原稿用紙もびっくり! それを6月下旬から最初は毎日、今は数日おきにお互いが同じくらい送り合っている。 そうか、もう1か月経つのか。 吹き出しを何個かに分けているのだが、それでも下に「全文を表示する」っている表示が出る、つまり一つの吹き出しの見える範囲に収まっていない文字量が送られてくる。 この表示、LINEでいままで見たことなかったぞ。押すと別画面でダーって表示されてるの。 いやあ、今日まででトータル何文字になったんだろ。 同人誌の原稿に換算してもまあまあな厚さではないか。 隙間時間に返信を書くのだが、スマホじゃなくてPCのキーボードを叩きたくてしょうがないレベルだ。 書簡筋力が一気に鍛えられている感じがある。マッチョになっちゃう。 日記筋力よりも、相手を意識して、会話するように書くのが新鮮だ。 一方的にこんな長文を送り付けていたら、それはもうハラスメントって言うか恐怖でしかないと思うのだが、 幸いなことに同じくらいの熱量と文量で返ってくるので、油断すると長くはなっても唐突に終わったり短くなる気配がまだない。 そんな筆まめバトル(バトル?)の相手となっているのは、 石川県在住のAさんだ。 吉祥寺のボードゲームカフェ・きゃらべのおばけキャッチ大会で知り合った。 Aさん、石川在住にもかかわらず月に1~2回は東京に、そしてきゃらべに来てゲームをしている、下手したら私より常連なのでは? 富豪?富豪なの? というか...

レツゴーあの世

梅雨明けだ! 今年の梅雨は晴れ間もなくしっかり雨続き、あまりにおひさまが出てこないのでいよいよ鬱になるかと危惧したがギリギリ乗り切った。 肌寒かったなあ、まさに梅雨寒。 雨上がりを待てずすべてを投げ出したくて何の予定もないのに午後半休を放り込んだ、その日がまさに梅雨明けで、これがメリハリの見本だ! とばかりカーッと晴れた。 弊社は皇居のお堀端、いまはお掘の蓮の盛りで、水面を覆う葉っぱを駆けてあの世に渡れそうである。 帰り道とは逆だったんだが、ちょっと調べたらあの世への道を間近で見られそうだったのでお茶がてら散歩に出ることにした。 九段会館の地下、穴場ですよ……ランチタイムは上のオフィスの人たちでいっぱいになるらしいんだが、カフェタイムは広々した綺麗な空間で悠々とお茶できて、しかもなんか落ち着いた人しかいない。静かだ。最高。本読むのにぴったり。なのに本持ってない。えーん。 なのでカフェオレだけ飲んで景色を楽しんできた。見渡す限りの真緑。目にやさしい。 その後、「この道はどこに出るのだ」と東京のどまんなかで探検気分。江戸城の石垣、皇居のまわりをぐるっと回って竹橋まで、そこから地下鉄乗って帰ろうかと思ったんだがどうも気が済まず、結局丸の内まで出て丸善に寄り、でかい本屋を存分に楽しんでから電車に乗った。 オフィス街、ビルとビルの間にうまく抜け道が作ってあって、ちゃんとひと息つけるよう植栽とベンチがあって、どこなんだここは(千代田区だよ)と思いながら適当に曲がるのが楽しかった。 が、あまりに暑くて東京駅までは歩ききれず、ヨロヨロと地下に潜ったのであった。 最寄りのユザワヤでクリムトの接吻みたいな毛糸を見つけて衝動買いしたり、ちょっとだけ仕事の買い出しして、それでもまだ空は明るい。 夏だな、夏がきたよ。 いまの仕事に対する態度をこれまでと変えて、割り切るところは割り切っていこうと決めたら気持ちに余裕ができて(単にいまちょっと手が空いてるのもあるけど) 本を読んだり編み物に挑戦したり、にわかに日常が豊かになってきた。 そう、編み物はじめたんです。かぎ針編み。まだ平たいものしか編めないけど、それでも楽しい。読む本入れるケースとか作りたい。 棒針編みは、ひっかけるとこないのにどうやって編んでるんですか……の気持ちになるので当面はかぎ針でいきます。 世の中にはいろんな毛糸があって楽しい...

混然一体、有耶無耶に

 雨の日が増えてきましたね。梅雨らしい梅雨は数年振りであるような気がする。 見知った四季の一片を久々に目の当たりにしたと気づき、ほっとしたような、地球環境の変化が恐ろしいような。このまま、ほどよい気温の夏を迎えられるとよいのだが。 さて、雨だからというわけではないが、最近、ジムのトレッドミルでハムスターになっている。 トレッドミル(いわゆるウォーキングマシンだけれど、私が通っているスポーツジムではこういう洒落た表記になっている)って、散歩の下位互換だとずっと思っていた。 何故なら私にとっての散歩とは、その楽しさの多くを「景色の変化」が占めているからだ。 歩くという行為だけ捉えれば、散歩もトレッドミルもやっていることは同じだろうと思われるかもしれない、だが日々の天候に合わせて気楽な衣服を選び、頬で風の具合を感じ、道端に生える草木や店の軒先の、こまごまとした移ろいを眺めながら、気ままに移動することこそ、散歩の醍醐味というものでしょう。 それを貴方。ジムの白い壁と、視界の隅にちらちらと入ってくる赤字の「火災時の注意」に関する文言をじっと睨みつけながら、ただただ足を動かすだなんて。そんな歩行、ちっとも楽しそうではない。 歩くことそのものも、決して嫌いではない。ないけれど、まあ同じだけの時間があるならば私は外を歩きますので、あえて室内でハムスターにならなくてもいいかな……と、そう思っていた。 そんなことを考えていた私が、どうして宗旨替えをしたか。それはポッドキャストを聞くようになったからだ。 もともと、今年のウィッシュリストに「お気に入りのポッドキャストを見つける」という項目を立てていた。自分で探したり、人からおすすめしてもらったりして、めでたくいくつかの「お気に入り」を継続視聴している。 新しく生活に入り込んできた、この楽しいポッドキャスト習慣だが、散歩との相性はあまりよろしくない。景色を見ていると耳が疎かになるし、耳に集中すると交通事故が心配だ。だからといって、部屋でじっと他人のお喋りに耳を傾けていると、どうしても眠くなったり、ちょっとした雑事の処理に着手したりしてしまって、どうも集中できない。 そこで、景色がまったく変化しない室内で、安全に延々と歩くことができる、トレッドミルに白羽の矢が立ったわけである。 次に聞きたいものを一、二本ほどスマホにダウンロ...

虚無とダンス

5月はゴールデンウイークがあったため、本来2週目には落ち着く仕事が3週目までなだれ込み、最終週には事務局人員が大幅に削減されたでっけぇ会議の準備で、平日夜のゆとりがあまりなかった。 まあ、土日は山梨にジャガイモの世話をしに行ったり(中央線の信号トラブルで全然帰れなくなったり)、幕張メッセのゲームマーケットで魔王Tシャツを着たり(200人近くに段位認定を体験してもらったり)と出歩いてるし 平日も隙間を狙っては、前から気になっていた山谷酒場(むらくもやまも好きだと思うから行きましょう)を訪れたり、すごい肉屋のすごい肉を食べたり(肉屋じゃないときからの知り合いだから来れているコネ)してるから遊んでんじゃねぇかと思うけれど、 いつだって定時で退勤したいマン(なんなら早退大好きマン)なので、 12時間以上職場に滞在している、夕飯がおろそかになる日が何日も続くと「私ってなんてかわいそうなんだ」としおしおになっていく。 ストレス解消のヤクザ映画を見る時間もないじゃないか! 帰りの電車内でX(旧Twitter)をおっかけるのも億劫なときに 無の心でやっていたのが スマホのアプリだ これまでソシャゲに見向きもしなかったひじきが とうとう何かに手を出したのか 心の癒しを求めるあまり課金とかしちゃうのか ……いえ、そんな美形キャラがわんさか出てくるキラキラした感じの画面ではなくてですね 入れたのは バックギャモンのアプリだ バックギャモンは昔からあるすごろくゲームである トルコの街角でおっちゃんがのどかに遊んでいるイメージ 有名ではあるが、私はこないだボードゲームカフェで初めてルールを聞いたばかり サイコロと盤面を使う2人用のゲームで 相手の邪魔をしながら自分のコマ15個をすべてゴールに送り込んだら勝ちという 運要素も大きそうなシンプルなゲームだが 突き詰めれば戦略的で奥深く たぶんコマの移動のセオリーとかいろいろあって 勝ち点の倍率を上げるくそでかサイコロもあって 世界大会も開かれている まあ、私は何も考えたくなくて無心にサイコロを振ってその分コマを動かすというのをポチポチやりたいだけでやっている 初心者用のアプリで、どこに置けるかのガイドもつくし、2回に1回は勝てる強さになっているため、デイリーミッションを1ゲーム勝つ頃に最寄りの駅に帰ってきている。スタンプをもらうラジオ体操のような...

出不精、山へ行く

私が物書きに手を染めたのは、荻原規子『空色勾玉』にはじまる勾玉シリーズの影響がとても大きい。 手を染めた、などというと悪事の片棒を担がせたようで聞こえが悪いが、他に言いようも見当たらず。まあいいか。 同じ作品を愛する者どうし、というきっかけで、おもにSNSで交流のあったNさんが山に行くというので、連れて行ってもらうことにした。 ひとりでも行くという。そういうの大好きだ。呼びかけがあったのはたしかまだ冬のこと、そのお山とお社が件の作品に縁があるというので、一も二もなく手を挙げた。 基本、どこへでもひとりで行こうとする人間である。なんかこう、いろいろと行き詰まっていた時期でもあり、私には山が必要だと思ったし、新しい景色が見たいと魂レベルで切に求めて苦しんでいて、そんな人間でも相手をしてくれるだろうというNさんへの信頼もあり。 渡りに船。蜘蛛の糸。本当にありがたかった。 さて、ワークマンひじきと違って私は山の装備なぞ揃えていないので、それなりに難所はあるぞと聞いていたが普段着の延長で、靴だけは頑丈なものを選んで待ち合わせの時間に向かった。 御嶽駅に9時。 普段の生活に比べるとずいぶん早起きしたが、山登りにしては優しい時間設定だと思う。雨の気配が残る重たい雲の下、もう五月もなかばだというのに寒いほどの気候で、でも平日にいつもと逆の電車に乗るのはわくわくした。 珍しく遅刻せず、なんなら乗り換え待ち二十分の青梅で一度降りてコンビニに寄れた。 ほとんど顔合わせたこと無いけどNさんわかるかなと心配していたが 杞憂 帽子の特徴聞いてたのもあるけど、改札出てすぐわかった。 あとはもう、天気予報(晴れ予報だったが朝は曇りどころか霧まで出ていた)を疑いながら 「バスに乗ります」へー! 「ケーブルカーに乗ります」へー! と、目的のお山へどう向かうのか本当にまったく調べずに来たどうしようもない連れを朗らかに導いてくれたNさん。 ほぼネットでしか交流してないのに、このあと一日中ずっと話し続けることになる。 すごいな、同じものを好きで育ってきたからか。 バスからケーブルカーに至る道も、ケーブルカーから武蔵御嶽神社までのみちのりも急な坂がしばしば、たいした距離じゃないのに息切れしておのれの衰えにうっすら絶望したものだが、四六時中駆け回っていた学生時代なんてもう二十年近く前なのだから自惚れもいいところ...

種は蒔いている

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 文学フリマ東京42、お疲れ様でした。 むらくもやまの三人のうち、「くも」と「やま」の部分は出店して『むらくもやま日記3 あめあがり』を販売し、「むら」の部分は一般参加で打ち上げから合流してくれた。 打ち上げは、ひじきさん経由で知り合った方々と一緒に。ペンネームやSNSのアイコンには見覚えがありながら、生身で会うのは初対面という方もちらほら。けれど、そこは「書く」「読む」という共通の趣味を持つ大人同士、あっという間に打ち解けてしまった。 私は場で熱く語られていたプロジェクト・ヘイル・メアリーにまんまと興味をそそられ、読みかけだった原作小説にふたたび手を付け始めています。 次回の文学フリマ東京は、今年の十一月開催。こっちは(全員の諸々が首尾よくゆけば、おそらく)むらくもやまの三人ともが出店者として参加することになるのではないかしら。 それまでに、なんとか新刊を捻り出せるとよいのだけれど。 久々の大規模なリアル即売会。会場でいつも本を買ってくれる常連さん方が、口を揃えて「書き続けてくださいね!」「新刊も待ってます」とエールをくだすったのだ。待ってくれている人がいるありがたさを噛みしめると共に、最近は新作小説を発表していないものだから、見てくれている方々にちょっとした不安を与えてしまっていたのだろうか、と、やや申し訳なく思ったりもしている。 新刊の種はね、いろいろ蒔いてはいるんです。あとちょっとだけ待っててね。 会場でやる気を、打ち上げで元気をもらった文学フリマ東京42。さて次に向けて新作をと考え始めたとき、ふと「コンセプト」という語が浮かんだ。 この言葉が意識に上ったきっかけは、文フリ東京の一週間ほど前にある。 四月の末、私は『つくってるとちゅう展』という展示会に出展していた。「むしろ、つくってるとちゅうが面白い」というキャッチコピーのもと、様々な分野のクリエイター5名が集結し、それぞれの「とちゅう」を展示するという企画だ。 写真、ビスクドール、ニット、立体造形を手掛ける作家さんたちのお隣で、私は『ぶんぶくふくぶん』という短編集を作ったときの「思考の途中」を展示した。 この企画、かつて吉祥寺にて文芸同人誌のシェア型本屋を運営していたときのご縁でお誘いいただいたのだけれど、蓋を開けてみれば私以外の人間は全員が美大卒、および現役の美大生だったようだ。道理で皆、展示慣...