必要経費

パソコンのキーボードを買い替えた。

キーを押したときのクリック音がはっきりと鳴るものから、音が鳴りにくい静音仕様のものへ。そして数字用テンキー付きの幅広なものから、テンキーを排した一回り小さいものへ。

買い替えのきっかけは、キーボードの前に置くアームレストを新調しようとヨドバシカメラへ行ったことだ。目的だったアームレストはすぐに見つかり、ついでにPCアクセサリ売り場を冷やかして――その時に出会ってしまった。二千円強で買える静音キーボードに。

静音キーボード、ずっと気になっていたのだ。私の暮らすアパートは音がよく響く。日中はどれだけキーボードをカチャカチャいわせても気にならないが、夜半を過ぎれば話は変わってくる。さりとて音が鳴らないよう慎重にキーを叩こうなどという配慮は、決心から三分も経たぬうちに吹き飛んでしまう。打鍵のリズムに乗れば乗るほど筆は早くなり、キーボードはいっそう高らかに音を立てるのだ。

そこで静音キーボードである。これならいくらリズミカルにキーを叩いても、音は控えめ。この機会にあまり使わないテンキーを排せば、キーボードが小さくなるかわりに机の上が広くなる。少し窮屈だったキーボード横にマグカップだって置けてしまう。その上、私が見つけた静音キーボードは薄型であった。今使っているキーの背丈が高いタイプに比べて、手首への負担が少し減りそうだ。正にいいことづくめ。そんな品が二千円と少しで買えてしまうというのだから、この期を逃す手はなかった。

キーボードの衝動買いなんて初めてだが、まあ仕事で使うものでありますし、道具にお金をかけるのは悪いことではありませんので……誰にともなく言い訳をしながらキーボードを抱えて帰り、さっそく使い始めて丸一日。

気のせいだと思いたかったけれど……なんか……前のやつのほうが使いやすいかもしれない……。

売り場で試し打ちしているときは気づかなかったが、この静音キーボード、前に使っていたものよりもほんの少しだけキーが固い。新品だからであろうと思い、慣らすつもりで一日かけて文字を打っていたら少しは改善されたものの、代わりに音が少し出るようになってしまった。いや、まだまだ「静か」の範疇ではあるけれど……しかもこれまた売り場では気づけなかったのだが、この新しいキーボード、前のよりキーピッチ(キーとキーの距離)が少し狭いのだ。そのせいか、キーの打ち間違いがやや増えているような気がする。これは新しいキーピッチに合わせてタッチタイピングの練習をすれば消えていく問題なのかもしれないが、いや、でも、しかし……。

「安物買いの銭失い」という言葉が脳内で点滅する。「前のキーボードが壊れたわけじゃないし、戻す?」「でもこの違和感は、新しいキーボードにまだ慣れてないせいかもしれないよ?」「でも文書作成の効率が下がってるんだよね?」「でもでも、新しい、小さいキーボードに慣れたら机を広く使えるよ?」「今まで机の広さでそんなに困ってた? マグカップもなんとか隙間に置いていたでしょう」――そんな自問自答を繰り返し、往生際悪く新旧キーボードを入れ替えながら、この日記を書いている。

もっとも迅速にこの問題を解決するなら、「他にも2~3種類買って試す」という手段を取るべきなのだろう。が、確実に無駄になる「捨てキーボード」を量産することに対する負い目が、今はまだ、ある。「捨てキーボード」たちが生活の質を上げるための必要経費であると思えるようになるまでは、こいつと格闘する構えだ。少なくとも二千円分は、あれこれ試して奮闘する所存である。

コメント

  1. 脳内で繰り広げられる自問自答が読めてしまう日記よ!
    そんなに気にしたことなかったけど、日常的にPCに向かって文章を打つ人にとってキーボードの変化は結構大きな問題ですよね。気に入ったキーボードが見つかったら、販売停止になる前に買いだめしている知り合いもいました。

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