たのしく、つくる人々。

 ひじきさんが旅の話(前後編)をされている中、私もちょっとしたおでかけの話を。
 つい先日、蔵前へ遊びにいった。小説書き仲間であり、文具好き仲間でもあるHさんが誘ってくれたのだ。

 蔵前、そして文具。この二つの単語から、とある店を連想できる方は、きっと文具好きだ。

 とある店、店名をカキモリ(Kakimori)という。筆記体で店名を綴ったシンプルな店のロゴには、〈たのしく、書く人。〉と添えられている。そう、カキモリは文具を商う店だ。そして、この店の商品の一つである「店頭でつくるオーダーノート」が、我々の目的であった。

 各々で表紙を選び、中に綴じる紙を選び、中紙を綴じる金属のリングを選び、留め具とその他諸々の愛らしい付属品を選ぶ。秋の始めに、そういう遊びをしようじゃないかというのである。文具好きにはたまらないお誘いだ。

 そんなわけで、ある平日の昼前に、私とHさんは蔵前の駅前で落ち合った。Hさんと最後に会ったのは、かれこれ半年以上は前だろうか。久しぶりの顔同士、ぽつぽつと近況を報告し合いながら、まずはカキモリ近くのベーカリーカフェへ向かう。大切な決断の前には腹ごしらえが欠かせない。なんせ我々はこの後、オーダーノートをつくりに行く。選択に次ぐ選択を迫られるだろう大仕事に、しっかり昼食を摂ってから挑もうというわけだ。

 Hさんが見つけてくれたベーカリーカフェは「chigaya 蔵前」。四つ角に面した店は、道路沿いの大きなガラス窓から差し込む陽の光でさっぱりと明るい。

 この店はかわいいドーナツが有名だと聞いていたので、まずは紅茶のクリームドーナツ。次はしょっぱいベーコンエピ。と、きたら甘い餡バターサンド。となれば〆はチーズごろごろパン……と、気持ちの赴くままにパンを選んでトレイに積んでいく。このために前日まで糖質を調整していたのだ、遠慮はすまいと決めていた。

 レジでアイスコーヒーを頼み、イートイン利用であると申し出ると、選んだパンたちが厨房へ引き取られていく。窓際のテーブル席で待っていると、かわいいお皿に盛り直されたパンたちがドリンクと共にやってきた。



 紅茶(ダージリンらしい)のクリームドーナツには、ホワイトチョコレートのかけらが挟み込まれていてうれしい。餡バタ―サンドを始めとした長いパンたちは食べやすい大きさにカットされている上、ベーコンエピとチーズごろごろパンは軽く温められている。

 甘い/しょっぱいのループだけではなく、ふわふわ常温/さっくり温かのループまで楽しめるのである。昼食にパン四つはよくばり過ぎかもなどと思っていたが、ぺろりと完食してしまった。

 昼食時にはHさんから、最近お気に入りだというカヌレ味のお菓子を頂いた。こういう、嬉しいけれどこちらに気を遣わせない、ちょうどいいお土産選びが上手い方なのだ。かくいう私は遊びに誘われてからこっち、当日をうきうき待つばかりであったものだから、Hさんのおいしいお菓子をありがたく頂戴するばかりであった。こういう〈ちょうどいい塩梅の振る舞い〉には向き不向きがあると半ばあきらめているのだけれど、私も苦手なら苦手なりに、いいものを見つけた暁には全力でお返しをしようと心に決めたのであった。

 そうしてパンでお腹をいっぱいにしていたら、カキモリの開店時刻になった。このchigayaという店は、カキモリから徒歩三分もしないくらいの場所に位置している。この後つくるノートの話をしていたら、あっという間にカキモリのドアの前に立っていた。

 店に入って右手の壁には、ずらりと書類棚が並ぶ。ひとめで「アレが今日のメインディッシュ」とわかる配置だ。店内写真を撮っていないので、すばらしい棚たちの様子は公式HPにてご覧ください。


 メインディッシュを横目に、まずは左の壁からぐるりと眺めてゆく。筆置き、ペンにメモ帳、レターセット、万年筆……オーダーノートをつくるという目的がなければ、何時間でも居座ってしまいそうなラインナップだ。ところどころに、掌より少し小さなサイズにカットされた紙の束があり、試し書きができるようになっている。試し書き用紙はいずれもオーダーノートに綴じ込めるので、文具だけでなく試し書き用紙も触りながらイメージを膨らませていく。

 じわじわと壁沿いに歩き、最後の試し書きエリアを経て、とうとう書類棚のあるエリアに足を踏み入れた。オーダーノートのための紙を選ぶエリアだ。

 各々、選び抜いた表紙と中紙を、手に持ったトレイに乗せていく。トレイを使うのは先のパン屋さんと変わらないが、我々の面構えはまったく違う。ここからはしばし別行動を取った。多種多様な紙たちと向き合うこと、それすなわち己の内側と向き合うことに同じ。このノートをどんな時、どんな用途に、どんな心持ちで使っていくのか――楽しくも悩ましい自問自答の時間がしばし続いた。

 そうして出来上がった私のノートがこちらになります。


 サイズはB6横、ゴールドリングの上下留めだ。留め側の中央にリングがないので、書くとき手がリングに当たりづらい。

 表紙はカーキの布張り、裏表紙はファーストヴィンテージのカシミヤにした。中紙は最大四種類を綴じられるところ、今回はすべてフールス紙の無地に。いつもはノートといえばグリッド(マス目)のものを使っているのだけれど、このノートにはスケッチもしてみたいと思って無地にした。

 もし後から「やっぱり無地じゃなくてグリッドのほうがよかったな」と思っても、問題はない。このカキモリのオーダーノートは、なんと、使い終わったら中紙を交換できるのだ。選びに選び、選び抜いた表紙や留め具を半永久的に使い続けることができるシステム、本当にありがたい……。

 蔵前から少し歩いた浅草橋には、シモジマという梱包材が安く買える店があったり、ハンドメイド素材でおなじみ貴和製作所の本店があったりする。蔵前から浅草橋のあたりは、ものづくりの街なのだそうだ。Hさんはハンドメイドも嗜む方で、ノートを手にした後は、そういった「ものづくり」素材の各種販売店を、Hさんに案内して頂く形でまわってきた。愛らしい素材たちと頼もしいツールたちを見ていると、何とはなく何かをつくりたくなってくる。自分のほしい本を自分でつくる同人作家とハンドメイドは悪魔的に相性がいい。

 そんなこんなで蔵前を一日かがりで堪能し、浅草橋の駅前でやきとりを食べてHさんと別れた。

 ノートの最初のページには、この日の日付を記した。まずは蔵前さんぽの記録でもって、この私だけのノートを始めたいと思う。

【追】おや、少し前のひじきさんの日記とタイトルが被っている。偶然の一致でした。

コメント

  1. パンがすごくおいしそうです。オーダーノート、この悩む時間は楽しそう。文具好きとまではいかなくても作ってみたくなりますね!
    そう、タイトルも被るくらい我々つくる人に接する機会多くないですか?

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  2. ひいい蔵前〜〜〜散財の町!! クラフトマンシップとうまいものが絶妙な配合で入り組んでますよね。オリジナルノート、やまおりさんらしいチョイスだなとにこにこしてしまいます。

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