蟷螂

帰りの電車で扉のわきに立っていたら、思わぬ客が乗り込んできた。

かまきりである。

きれいな若葉色に茶色がひとすじ、秋の気配をまとった立派な大きさのかまきりがいつのまにか足元に同乗していたのだ。

こちとら武蔵野の原っぱ育ち、虫の一匹くらいで騒ぐわけもなく、ひとまず見守る。次の駅まではもう少しかかる。その間にひょいと捕まえて外に放してやればいい。
そう思っていたのだが、おとなしく思う通りになるかまきりではなかった。のしのしとこちらに歩み寄ったかと思うとスニーカーに乗り上げ、あろうことか私の左脚を登り始めたのである。大きい上に脚が六本もあるものだから、登攀ペースの速いこと速いこと。みるみるうちに私の肩まで登りつめ、じっと見つめ合ってしまう。

かまきりの眼というのはだいたい緑色だと思っていたのだが、かれの眼は真珠のようなつぶらな黒で、二重の意味でどきどきしてしまった。そんな私の気持ちなど置き去りに、かまきりはわたしの肩を乗り越えて首筋にまわる。

おいおいどこへ行く。さすがに背後をとられて黙っている私じゃないぞ。

ぶるぶると頭を振ったら、どこかへ飛んでいってしまった。と思ったら、向かいの座席の窓にとりついて他の乗客を驚かせている。車内換気のために薄く開けられた窓のへりにうまいこと回り込んだところをほろ酔いのおじさんに追い出され、それがかれを見た最後となった。

外はずいぶん涼しく、月も明るい。
虫にとっても過ごしやすくなったことだろう。
かまきりも私も達者で秋を楽しみたいものである。

コメント

  1. 私は先月、ウツボカズラに乗ったカマキリを植物園で見ましたよ。強気なカマキリと見つめ合う草群さん。初秋ひとときの逢瀬でしたね。

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  2. カマキリ、ここのところ見てないのですが、思わぬところで出会えるものですねえ。素敵な体験だ…。

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