あまがえるのあまやどり
天蛙という日本酒がある。
あまがえる、と読む。
新政酒造という日本酒呑みには有名な秋田の蔵で作られる低アルコール微発泡のお酒で、私はこれが大好きなのだ。
いや、私はお猪口一杯も飲み干せないくらいの筋金入りの下戸なのだが。
その弱さと言ったら献血のアルコール消毒で肌が赤くなり、粕汁で動悸息切れを起こすレベルである。
では、下戸のくせに天蛙の何を知っているのかと嗤われそうだが、フィナンシェヤクザの前はペロリスト活動に勤しんでいたので。
いや、ペロリストってなんだよ。
周りに日本酒好きが集まっていた時期があり、コロナ前ということもあって居酒屋に行くたびに一口ずつ味見をさせてもらっていた。
酒を舐めて伝わりそうで伝わらない感想を言う人のことを勝手に「ペロリスト」と呼ぶ。私の場合は日本酒を舐めると、物語の断片がレシートの如く排出される体質なのでそのカケラを集めて7冊ほど幻想散文同人誌を作った。
300酒以上を舐めて、どんな酒が好みかがだんだんとわかってきた。
日本酒と一括りにしても、タイプは様々である。フルーティなもの、華やかなもの、きつく鋭いもの、口に残るもの。昔ながらの醸造用アルコールを添加された普通酒は苦手だ。フルーツぽさもメロン系、バナナ系とあるが好みはリンゴ系である。甘酸っぱさが好きなのだ。カルピスのような乳酸菌感もよい。
で、2016年から今日に至るまで天蛙が1番刺さっている。
普段ならアルコールに対する命の危機感に自制をきかせられるのに、呑み口の軽いおいしさに辛抱堪らず通常の倍以上舐めすぎて金縛りにあったがごとく体が動かなくなったことがあるくらいである。まったく危険な酒だ。
この天蛙、たまに立ち寄る酒屋で連日張り込みをしていれば買えた時期もあったが、ここ数年はショーケースに並ばない。新政酒造の酒は希少価値が高く、おそらく入荷しても贔屓の間で消えてしまうのだろう。酒が飲めない以上常連にはなり得ないので、買うことは諦めた。さて、秋葉原の魚や藤海という居酒屋がある。
旬の魚を始めとする工夫を凝らしたおいしい肴があり、日本酒に詳しいチャーミングなおかみの接客を受けられるいい店だ。いい店だったのでそこのTwitterをフォローしていたら、2年前、入荷した日本酒写真の投稿の中に天蛙があった。天蛙ー!引用RTで叫んだ。すぐ店にも行った。おかみに天蛙が好きな旨を伝え、空き瓶をもらい、天蛙をメインテーマにした同人誌を献本した。
昨年も天蛙の写真が投稿されると叫んだ。でも、タイミング悪く店には行けなかった。
で、2年経って、また天蛙の写真を見つけ、叫ぶよりも前に行くことにした。
まさかおかみがまだ数回しか行ったことない、しかもいつもスパンが長く今回は2年ぶりの客の顔を認識しているとは思わなんだ。
天蛙ありますか?と聞いたら、もう久しぶりのくせにワガママだぞ!あれ高いのに開けると飲み切らなきゃいけないの!ラスト1本なのに~、もっと大勢で来てくれないと!と口をとんがらかす。
覚えられていたのか。接客業おそるべしである。
私など、人の顔と名前を一致させるのに結構な時間がかかるので、そういう方たちを本当に尊敬する。
天蛙を開栓させてしまったせめてもの詫びに、料理をたくさん頼んだ。いままでになく豪遊した。
お造り5種盛りと海苔豆腐は毎回のように頼むのだが、白和えなどの小鉢系もおかみに勧められるままに、食べた。どれもうまい。米が欲しい。
秋鮭といくらのはらこ飯をご覧ください。
これで白米が食べられるくらいの味付けで、余ったらおにぎりにしてくれると言ったが余るはずなどなかった。おにぎりも食べるには4人前くらい頼まないと。
天蛙はもちろん美味しかった。暴れ蛙の泡立つ炭酸が唇にがんがんあたる序盤から、だんだんとおとなしくなって甘みが増す最後まで。
おかみはコマネズミのようにあちらのテーブルこちらのテーブルとせわしなく飛び回る中でも、隙間を見てトークや店を出る際はお見送りをしてくれる。同行者Iさんの酒の好みを押さえた日本酒のチョイスもさすがで、さらには渡していた同人誌の感想までくれて、
あ~本当に不義理をいたしました!もっと頻繁に来るようにします!
と土砂降りの中を帰りながら、脳内五体投地したのだった。
草群さん、やまおり亭さん、ちょっと今度、私の義理立てに付き合ってはくれませんか?
魚や藤海さん、私もだいすき!しばらく行けてないので、ぜひお伴させていただきたく。あそこ行くとべろべろになるけどそれほど翌日に響かないのよね。ちゃんとお水飲めって叱ってくれるし、ごはんおいしいしね。
返信削除めっっちゃ気になります! おともしたい……!!! ごはんがおいしくて日本酒もおいしいなんて最高じゃないですか!
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