キーボードに目配せ
せっかく仕事が終わったのに、なんとなく気もそぞろで、何にも手をつけられない――この状態に入ってしまうと、気力だけでは通常運転に戻れない質だ。
だから私は、こうなったときのための「なんにも考えなくてもできることリスト」を持っている。今日はリストの中からタッチタイピングの練習を選んだ。
タッチタイピング。キーボードを叩くとき、手元を見ず、指の感覚だけで思い通りに文字を打ち込む技術のことだ。この技術を習得すると、常人をはるかに凌駕するスピードで電子文書を作成できるようになる、らしい。
パソコンのキーボードとは、大学進学にともなって手書きのレポートとお別れして以来、かれこれ十年以上の付き合いである。
しかし〈練習〉という記述からお察し頂けるように、私は未だキーボードに目配せをしながら文字を打ち込んでいる。小説やエッセイの執筆を趣味の一つにしているのだから、人よりも少し長い時間、キーボードに触っているはずなのだけれど……。
いや、上達が遅い理由はわかっている。私がせっかちだからだ。
せっかち故、素早く文章を作成したくてタッチタイピングの練習をしているわけだが、この技に向き合っていると「急がば回れ」という言葉の意味が骨身に染みる。
というのも、タッチタイピング上達の秘訣は「時間が掛かってもいいから常に正しいフォームを保ち、練習中はどれだけタイプミスをしても絶対に手元を見ないこと」なのだ。時間をかけ、最速の打ち方を己の手に覚え込ませること。
私はどうにもコレが苦手だった。だってせっかちなんだもの。
長年キーボードと付き合っているおかげで、キー配列の6割ほどは頭に入っている。6割も理解している状態でキーボードのチラ見が許されたなら、思考と同じスピードで……とまでは行かずとも、まあそれなりの速度で文字を生み出せるようになる。ふと気になって計ってみたところ、ローマ字入力の場合、30秒で80文字程度を入力できているようだ。
実際、タッチタイピングをきちんと習得していたなら、文字入力の平均速度はもう少し上がるらしい。だから本当に速さを求めるなら、ちゃんと練習をしたほうがいい。けれど私はいつも、ついつい、今このとき脳内にある言葉をさっさと打ち込むことのをほうを優先してしまう。
目先のことしか考えられない。「せっかち」の見本のような人間なのだ。
そういった経緯でタッチタイピングの習得をほぼ諦めていた私であったが、実はここ最近、また少し真面目に練習をするようになった。
というのも、推しができたのだ。特技がプログラミングだという推しが。
「タッチタイピングができる」と明言されているわけではないが、いかにもできているであろう描写はあった。だからきっと推しはタッチタイピングができる。むしろ得意である可能性すらある。おおいにある。
となれば、ここらで一丁、推しもすなるタッチタイピングといふものを、私もしてみむ……ともなってこようというものだ。私は推しの〈概念〉を身に着けたがるタイプのオタクである。
染みついたせっかちは一朝一夕では抜けそうにないけれど、推しの体感をトレースするという目的のためならば、まあ多少以上の時間を使ってみてもいいかと思えてくるのだから不思議なものだ。
そんなわけで、今日も親の顔より見たキーボードへの目配せを我慢してタッチタイピングの練習をし、推しにちょっとだけ近づいた。推しの概念を身に着ける方法としては、やや遠回りがすぎるのではないかと思うこともあるが、まあ、しかし。これも愛情表現の一つということで。
推しの概念を身に着けるためにタッチタイピングを!
返信削除タイピングゲームとかありましたけど、私も我慢できないたちで、つい目配せしちゃいますねぇ。
何も手につかないときに何かをしようという心意気が働き者ですね。
返信削除タイピング、10本の指をひとしく使いこなすには根気が必要だわ。私もいまだに我流……