吉報と高熱

  文芸雑誌である『文學界』の2023年9月号、文学フリマ・ルポの中で、私のエッセイ集『〆切七転八倒』に触れてくれた記事があるらしい――ということを、発売の数日前に文學界公式Twitterで知った。

 言うまでもないが、しがない同人誌作家である私はしっかりと舞い上がった。が、同時に恐ろしくもなった。

 何かの間違いではないか、うっかり誤字ではないか。いやSNS運用担当の方だってプロなのだ、うっかりを疑うのはさすがに申し訳ない。ならどんな文脈で触れられているのか、さらりとタイトルだけなのか、批評までしてくれているのか、はたまた批判されているのか、それとも――

 記事の筆者でもあるまいに、この慌てふためきようである。最終的には「わざわざ告知の手間を割いて拙作の名を出してくれているのだから、マア悪いようにはされていないだろう」そう自分に言い聞かせ、同時に、実際にこの目で見るまでは気をしっかり持とうと決めた。

 そして今日、八月七日の月曜日こそ『文學界9月号』の発売日だ。私は自分の心の健康のためにも、発売当日の午後イチで買いに行こうと決めていた。しかしその願いは叶わなかった。

 よりによって昨日、珍しく高熱を出したのだ。慌てて調べてもらったところ、幸いにもウイルス性のものではないらしかった。

 熱の原因には心当たりがある。
 二日前の土曜日、私は所用で朝の四時に起きた。用を済ませた後は昼寝もせずに町に出て、人に会い、文具店でノートだのファイルだの細々とした消耗品を買った。帰宅して昼食のカレーを食べている最中に、図書館から「予約本が確保できました」のメールを受け取ってまた出かけ、図書館へ向かい、背負い鞄を四六判ハードカバーの小説本でいっぱいにした。それらを背負ったまま、また朝とは別の町の文具店を歩き回り、また人に会い、帰宅して夕食を摂り、酒を呑み本を読み……耐えがたい眠気に襲われてベッドに倒れ込んだのが、ちょうど日付をまたぐ頃。そうして目覚めたところ、体温が三十八度を超えていたのだ。

 ところで朝の四時に起き、夜の十二時に眠ったとすると、その日の活動時間は二十時間となる。これは朝八時起床、翌朝四時就寝に相当する。明らかに活動しすぎだ。発熱の原因がウイルス以外にあるとすれば、それはこの長すぎる活動時間、つまり疲労だろう。

 ありがたいことに身体は丈夫なほうで、流行り病ともあまり縁がなかった私にとって、この急な発熱、しかも疲れが原因で熱が出てしまうなんて、まったく予想だにしていなかった出来事であり……でも、しかし、そういえば。ここ数年で、食べられる食事の量も飲める酒の量も徐々に減ってきたし、夜は天辺を越える前に眠くなる日が多くなってきた。自覚できていないだけで、ひっそりと減りつつあるものは他にもあるのだろう。もう無茶はできないし、してもろくなことがないお年頃なのだと痛感した昨日である。

 この長々とした文章で何を伝えたかったかというと、私は昨日熱を出したが、それはうっかり自分の体力を見誤った結果であって、決して『文學界』の中に拙作が登場するかもしれないという吉報にはしゃぐあまりではないのだと……そういうことを、誰にともなく言い訳しておきたかったのだ。

 肝心の『文學界』は、養生のため家から出られない私にかわり、パートナーが鶏肉やピーマンと一緒に買ってきてくれた。

文學界 2023年9月号 特集 エッセイが読みたい

 『〆切七転八倒』は文学フリマ・ルポ、高瀬隼子さんの〈物語としてエッセイを読む〉という項の中で、しっかりと触れて頂いていた。ありがとうございます。

 高熱が出た余波で、なんとなく横になりがちな今日。この後は涼しい屋内で文學界を読んで過ごそうと思う。

コメント

  1. はしゃいで熱を出すのは私みたいなやつ。嬉しいお話に、身につまされつつニヤニヤしながら再読しております。ところで今年は締切つくらないつもりだったのにいつのまにか自然発生してるんですが……

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  2. やまおり亭さんのおかげで文學界を初めて買いました。我々それぞれ「いい年になってきた。無茶ができなくなってるな」みたいな記述をぽつぽつ書いてるの、今の日記!って感じでいいですね笑

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