胡桃ごろっごろ
12時から18時まで、本屋のお店番をしていた。
わたしは東京・吉祥寺で〈招文堂〉という本屋の主催をしている。店の主なら「店主」を名乗るのが正式だと思われるだろうが、私はあくまで主催である。というのも、招文堂の店主さんは私の他にもいる。しかも複数名が存在しているのだ。
招文堂は、文芸同人誌特化のシェア型本屋である。
普通の本屋であれば、店を所有するのは店主ただ一人であり、どんな本をどうやって売るかも店主が決定する。しかしシェア型本屋では、一つの本棚ごとに異なる人間が〈一棚店主〉となって、自分の棚で販売する本の選定をしたり、本屋そのものの運営に関わったりなどする。一棚ぶんの小さな本屋がいくつも集まって一つの店舗を形成する、それがシェア型本屋なのである。
そのシェア型本屋の、文芸同人誌特化型が招文堂だ。ここで本棚を所有できるのは文芸同人誌の作者および発行団体のみで、所有した本棚で運営できる書店も〈自著専門本屋〉に限られる。
そういう、ちょっとばかし縛りのきついシェア型本屋の発起人が私であり、このシェア型本屋特有の「運営者が複数人いる」という形態によって、私はかたくなに「運営でも経営者でもなく、本屋の主催である」と言い張っているのであった。
そんな事情が前提にあり、今日である。
店のカウンターの前に、立派な胡桃の大袋が山と積まれていた。
ざっと見ても、一袋で1kgは下らないような――
招文堂は「スモールノジッケン」というシェアスペースの中にある。このシェアスペースには希望者がレンタルできるパン小屋があり、招文堂はそのはす向かいに位置している。そしてパン小屋の隣に据えられているのが、二つの大きな業務用冷凍庫だ。その冷凍庫の上に、今日は大量の胡桃たちが鎮座していたのである。
いや、鎮座というより、待機といったほうが正しい。冷蔵庫にも冷蔵庫にも入っていないということは、この胡桃たちはまもなく使われるのであろう。
しずかな店内、カフェテリアから香るエスプレッソ、ときどき漂うナポリタンのケチャップ。そんなはずはないとわかっているのに、鼻腔に届く気がする植物性の香ばしくも、もったりと密度のある甘い油。
いやおうなしに食欲を刺激される場所で、物言わぬ胡桃たちと相対し三時間ほど。とうとう私は、カフェテリアの主に声をかけてしまった。
「あの胡桃、どうしたんですか?」
主は、小麦にくるまれた何かを数えながら答えた。
「あれね、胡桃パン」
「え?」
「ハモニカ横丁の、ワインが飲める店で出してる胡桃パンの胡桃。ここのパン小屋で焼くんだよ」
なるほど、と思う。
スモールノジッケンは、吉祥寺はハモニカ横丁の主体であるVICが運営する、レンタル横丁コンプレックスなのだ。ハモニカ横丁で饗されるパンがココで焼かれていても、何もおかしなことはない。
カフェの主は続ける。
「ごろっごろ胡桃が入ってるの。パンとして食べるにはちょっとね……だけど、ワインのお供として出すから」
ごろごろ、ではなく、ごろっごろ入っているらしい。
武蔵野市に住んで、もう十年近くになるというのに、こんなに魅力的なメニューがハモニカ横丁にあるとは知らなかった。
次にあの横丁に立ち寄ったなら、必ずワインを飲み、胡桃パンを注文しようと決意した瞬間である。
招文堂さん、おもしろい空間にありますよね。そのうちナポリタンを食べに行かなきゃと思っているのですが、ハモニカ横丁のごろっごろの胡桃パンも気になります(ワイン飲めないけど)
返信削除どこだ?!どのお店だ? 近所もまだまだ知らないところがたくさんですね…
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