夏の終わり

今朝家を出たら、くっきりと青い空にシュークリームのごときぱんぱんの白雲が並んで、相変わらずクソ暑いがなんだか愉快な気分になった。
暑さ寒さも彼岸まで、とはよく言ったもので、お盆をすぎて少しだけ空が高くなったように感じる。蝉の鳴き声が変わり、日が暮れてからはリーンリーンと虫の声がして、今日なんか帰ってきたらセミファイナルに出くわした。いやいや、そんなに暴れ狂ってやみくもに命を散らすんじゃないよ、びっくりするじゃないのよ。あるいは私が現れるまで気を失っていたのか。起こしたのはわしか。悪かったな。

さいきん仕事の話ばかりしている気がするが、起きている時間のうち大半を仕事に費やしているので仕方がない。ただ、少しずつ気持ちにゆとりが出てきて、他のことに気を向けられるようになってきた。あとは、単純に体が慣れたおかげで「帰宅したら終わり」でなくなってきた、というのもある。

とんと遠のいていた筆の気配が、そろりそろりとやってきた。

中学生の頃に比較的仲の良かった男の子に指摘されたのだが、私は興味の向かないことにはとことん興味を示さないたちである。ひじきさんとかやまおりさんは「興味の向いたことをちゃんと極める」タイプの人だと認識しているのだが、私はそのネガティブバージョン。基本スタンスは「興味ある」んだけど、興味がなかったり失ったりすると、まったく食指が動かなくなる。それはもう、頑として動かない。

物書きが好きという自覚はあるので、興味がなくなったわけじゃないんだが意識が向かないときはとことん向かない。そういうときに筆を執っても物語は生まれないし膨らまない。愛が枯渇しているんだと思う。自分のことで精一杯、他者に向けるゆとりはない。それは、オリジナルストーリーの登場人物に対しても同様である。

愛って結局、時間や労力をかけて対象に向き合うことそのものだと思う。お叱りや説教がひとつの愛の形だと言われるのはそういうわけだろう。怒ることそのものに陶酔するタイプもいるのでひとくちに言い切れないけれど、少なくとも私はどうでもいいものに時間を割こうとは思わない。
あくまで私の場合だが、自分が描き出す物語の登場人物とは、たとえ架空の相手であってもそれなりに関係を築かないと書けない。どんなときに怒るのか、どんなふうに人の話を聞くのか、リアクションの表し方は。会話文なんか特にそうで、文章をキーボードで打ち込むために百面相をしないとならないので本気で原稿をやりたいときは人目のあるところには出かけない。自由に顔を動かせないからである。

そう、物語を書くことと、他者とコミュニケーションをとること、このふたつにかけるエネルギーは私にとってほとんど同じものなのである。
すなわち、新しい環境に放り込まれて一生懸命同僚との間合いをはかり己の立場を読んでいくあいだ、物語を書こうという気が起きるはずもないのだ。そのリソースは現実世界で使い切ってしまっている。

……使い切ってしまっていたんだけど。
最近「効率」というものを覚えた。というか、変な遠慮をかなぐり捨てた。急ぎの案件が波状攻撃をかましてきたので、他人に遠慮している場合ではなくなった。
そうなったらもう俺の天下である。
忙しいのは相変わらずだがのびのび働けるようになり、他人とのコミュニケーションで疲弊しなくなったぶん内面のコミュニケーションに比重をかけられるようになってきた。
ようやく、なにか書けそうである。

夏の終わりの気配とあいまって、焦りにも似た感覚はまるで放置し続けた夏休みの宿題の様相を呈している。少しずつこつこつやるというより、一方に振り切って気が済むまでやった反動で突っ走るタイプなので、遊び切ってからのほうが宿題が捗るのだ。
いや、別に遊んでたわけじゃないけれど。一生懸命働いてたけど。もののたとえで。
しばらく暑い日は続くようだが、きたる芸術の秋に向けてなにかしらバネがたまっている予感がする。気のせいかもしれない、それでもいいんだ。勘違いこそが原動力だったりする。

あれだ、チョロQだ。進行方向と逆に引っ張った反動でビュンと飛び出すあの馬力。大して長続きはしないが、あの「ビュン」ゾーンに入るとめちゃめちゃ楽しいのを私は知っている。
夏が終わる。そろそろ、「ビュン」の時間である。
たぶん。

コメント

  1. 効率を身に着けるの早いな!限られたリソースをどこに割くか、いろんな時期がありますよねぇ。私は仕事でヘビーなパワポスライドを作り続けていたら同人誌を作る気が失せました苦笑
    ビュン来るとよいですね、きっと間もなく!

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  2. セミファイナル、あれに遭遇するとびっくりすると同時に、なんだか身体に生命力が漲るんですよね。命の輝きだからかしら…。

    私も仕事で延々と数字に向き合っていた時期は同人誌から離れてましたね……それでもまた書くことを始めたからこそ、こうしてお二人に出会えたのだと思うと、ご縁の不思議をしみじみと感じます。

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