洗濯機が買える

引き続き、もんにゃりとした不調が続いている。
まあ十中八九、暑さと湿度、バイオリズムによるものだろうと思うのだが、くらりとめまいがしたり指がぴくぴくしたりするとちょっとびびる。なんぞ病が隠れていやしないだろうかと軽く調べてみて、「深刻な病気のサインかも?」なんて書かれているとさらにびびる。
それだけ、病変さらには死が身近になったということだろう。
死ぬのは怖い。いま死んだら後悔しかない。まだやってないことも食べてないものも読んでない本も山ほどあるし、性癖の煮凝りのような本棚や趣味の詰まった物入れの面倒を誰が見てくれるというのだ。
俺しかいない。
というわけで少なくとも生きる気は満々だ。心は最高に健康である。
異変を感じてくよくよし続けるのも不健康なので、折をみて医者にはかかっておこうと思う。
……とかいって一度ひととおり検査してもらったら、健康の太鼓判を押されて帰ってきたことがあるのだけど。まあ、あれから一年以上経ってるしな。

そんななか最近、またひとつ心配ごとが減った。
勤め先での社員登用が正式に決まり、ちょっと想定してなかったレベルの高い査定をつけてもらったのである。
上司にサラッと連れ出されてサラッと告げられて、びっくりしすぎてかえって無反応になってしまった。おそらく、これまでずっと販売職をやっていたので(販売職というのはあまり給与水準が高くない)、そもそもの私の価値観がズレてるのだとは思うけれど、それにしても。いやありがたいんだけども。
学生時代からこれまで、「なんかできそうに見える」という出オチフラグ立ちまくりの人生を送ってきて、実際に「大したことなかったね」と言われることもしばしば(んなことわかっとるわ)だったため、正直戸惑った。というか「やばい」と思った。ので、胸の内を上司に吐露したら「はっはっは」と笑われた。
いや笑い事じゃねえんですが……。
どうも自分が一番自分を信用できていないのだが、経済的な不安が除かれるというのは本当に大きい。素直に受け止めて、できることをやっていくしかない。
そう考えるとやることは変わらないので、総合的にみてものすごく気が楽になったのである。

「やばい」に次いで思ったのは「洗濯機が買えるなあ」であった。
今の住まいに引っ越してくる前後はまあいろいろあって、家電をもろもろ買い直さねばならず、洗濯機はまあ自宅になくても暮らしていけるな……と思ったのでいまだに川へ洗濯に行ってるのだが、これはこれで楽しいので悩みどころである。
あ、ここで言う「川へ洗濯」というのはコインランドリーのことです。安心してください。
家に洗濯機がなくても事足りるといえば事足りるが、川へ洗濯に行こうとしたタイミングで荒天が続いたりするとまじで着るものがなくなるのでいずれは買わねばと思っている。
……洗濯機、でかいんだよな。
だから、次にもうちょい広いところへ引っ越すときでいいかなとも思う。そう遠い話でもないだろうし、そうなるとわざわざまた持ち出すのも面倒だし。

とまあ、ずいぶん生々しい内容になってしまったがいいだろう、これが日記だ。そのとき感じた生々しい感想をのちに振り返るのが醍醐味ってもんだ。
書きながらいっつもエッセイなんだか日記なんだかわからなくなるが、どっちに転んでもいいのだ。
洗濯機を買おうが買うまいが、それも自由だ。
選択肢が増えるのはいいことだな、とつくづく思うのだった。

コメント

  1. 洗濯と選択をかけた高度なオチだった……

    ネットでの症状検索はなんか怖がらせることがトップに出てきますもんね。私も体の変化に、きっと一部の同年代にはもう普通のことで、老いなんだろうけど病院で一言貰ってから受け入れようと思うことあります。

    社員登用おめでとうございます!お祝いに行きましょう(ことあるごとに誘う)お金の余裕は心の余裕。おいしいものを食べる機会を増やすことも選択肢に、ね!

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  2. コインランドリーに憧れがあるのですが、天候ではなく無精で洗濯物を溜めて着るものがなくなる未来が見えるから、なかなか生活に導入する勇気がありません。

    社員登用おめでたい! どのお店でお祝いしましょう。やっぱり鶏かしら…。

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