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欲望との対話

平日どまんなかに休みをとっておでかけしようと目論んでいたところ、急ぎ判断の必要な事案がばばばと舞い込んで気合をくじかれてしまった。 うーん。 出かけてしまったあとであれば諦めもついたのだが、昼過ぎからでいいかーとダラダラしていたのがまずかった。見ちゃったらもう無視できない。見なきゃよかった。いや、見てよかったのか。でもわたしの平穏な休日は失われた…。 と思いきや。 このままで終われない。有給消失前の消化が目的とはいえ、こんな気分で終わるのは癪である。洗濯物を片付けてシンクを磨いて時刻は15時すぎ(遅)。やりたいことも、欲しいものもたくさんあったはず。なのにメモしておかないから帰ってから思い出して「またこんど」になる。 じゃあもうとりあえず外に出て、なんだっけと思い出しながら歩くしかない。 あれこれ買わなきゃと思っていたはずだが放っておくといつのまにか忘れている。 ここで「チェックリストを作ろう」とならないところが私である。チェックリストを作ったところで、確認を忘れるのが私である。そのあたりの欠陥具合は自覚している。じゃあ今日みたいな日を活かさない手はない。 トンボが飛びはじめたのを確認しつつひとまずまちなかに出て、本屋の棚をくまなく見て回る。あ、なんか新しい本を受け入れる体制じゃないみたい。パトロール終了、次。 残暑は厳しいが雲は秋のかたち。ガリガリくんの梨をかじっていたら猛烈な早さで溶けだして、冷えた息を吐き出しながら新しくできたブックカフェの位置を確認する。へえ、ここかあ。しかし今日は見送り、次。 ちょうど味噌を切らしたばかりで、いつもの味噌屋もまださすがに開いてるだろうと足を向ける。が、店先にかかった「CLOSE」の札。しばし呆然と立ち尽くしているとお姉さんが出てきて、「どうぞ」と声をかけてくれた。 「あの、おみせ、じゃないおみそ買えますか。あ、このCLOSEってもしかしてランチのことですか?」 「そうです〜どうぞ〜」 人と話すモードじゃなかったのでめちゃくちゃ噛みながら営業確認をして、店主のおじいちゃんに味噌を詰めてもらう。 いつもの加賀粒みそと、「いつまでこの暑さ続くんだ夏ブレンド」みたいな名前のみそ。「これ、どんなみそですか」と聞いたら「甘いみそだよ」とのことだったので追加でもらうことにした。ネーミングのヤケクソっぷりと、いつもの粒みそは辛口なのでちょう...

レツゴーあの世

梅雨明けだ! 今年の梅雨は晴れ間もなくしっかり雨続き、あまりにおひさまが出てこないのでいよいよ鬱になるかと危惧したがギリギリ乗り切った。 肌寒かったなあ、まさに梅雨寒。 雨上がりを待てずすべてを投げ出したくて何の予定もないのに午後半休を放り込んだ、その日がまさに梅雨明けで、これがメリハリの見本だ! とばかりカーッと晴れた。 弊社は皇居のお堀端、いまはお掘の蓮の盛りで、水面を覆う葉っぱを駆けてあの世に渡れそうである。 帰り道とは逆だったんだが、ちょっと調べたらあの世への道を間近で見られそうだったのでお茶がてら散歩に出ることにした。 九段会館の地下、穴場ですよ……ランチタイムは上のオフィスの人たちでいっぱいになるらしいんだが、カフェタイムは広々した綺麗な空間で悠々とお茶できて、しかもなんか落ち着いた人しかいない。静かだ。最高。本読むのにぴったり。なのに本持ってない。えーん。 なのでカフェオレだけ飲んで景色を楽しんできた。見渡す限りの真緑。目にやさしい。 その後、「この道はどこに出るのだ」と東京のどまんなかで探検気分。江戸城の石垣、皇居のまわりをぐるっと回って竹橋まで、そこから地下鉄乗って帰ろうかと思ったんだがどうも気が済まず、結局丸の内まで出て丸善に寄り、でかい本屋を存分に楽しんでから電車に乗った。 オフィス街、ビルとビルの間にうまく抜け道が作ってあって、ちゃんとひと息つけるよう植栽とベンチがあって、どこなんだここは(千代田区だよ)と思いながら適当に曲がるのが楽しかった。 が、あまりに暑くて東京駅までは歩ききれず、ヨロヨロと地下に潜ったのであった。 最寄りのユザワヤでクリムトの接吻みたいな毛糸を見つけて衝動買いしたり、ちょっとだけ仕事の買い出しして、それでもまだ空は明るい。 夏だな、夏がきたよ。 いまの仕事に対する態度をこれまでと変えて、割り切るところは割り切っていこうと決めたら気持ちに余裕ができて(単にいまちょっと手が空いてるのもあるけど) 本を読んだり編み物に挑戦したり、にわかに日常が豊かになってきた。 そう、編み物はじめたんです。かぎ針編み。まだ平たいものしか編めないけど、それでも楽しい。読む本入れるケースとか作りたい。 棒針編みは、ひっかけるとこないのにどうやって編んでるんですか……の気持ちになるので当面はかぎ針でいきます。 世の中にはいろんな毛糸があって楽しい...

出不精、山へ行く

私が物書きに手を染めたのは、荻原規子『空色勾玉』にはじまる勾玉シリーズの影響がとても大きい。 手を染めた、などというと悪事の片棒を担がせたようで聞こえが悪いが、他に言いようも見当たらず。まあいいか。 同じ作品を愛する者どうし、というきっかけで、おもにSNSで交流のあったNさんが山に行くというので、連れて行ってもらうことにした。 ひとりでも行くという。そういうの大好きだ。呼びかけがあったのはたしかまだ冬のこと、そのお山とお社が件の作品に縁があるというので、一も二もなく手を挙げた。 基本、どこへでもひとりで行こうとする人間である。なんかこう、いろいろと行き詰まっていた時期でもあり、私には山が必要だと思ったし、新しい景色が見たいと魂レベルで切に求めて苦しんでいて、そんな人間でも相手をしてくれるだろうというNさんへの信頼もあり。 渡りに船。蜘蛛の糸。本当にありがたかった。 さて、ワークマンひじきと違って私は山の装備なぞ揃えていないので、それなりに難所はあるぞと聞いていたが普段着の延長で、靴だけは頑丈なものを選んで待ち合わせの時間に向かった。 御嶽駅に9時。 普段の生活に比べるとずいぶん早起きしたが、山登りにしては優しい時間設定だと思う。雨の気配が残る重たい雲の下、もう五月もなかばだというのに寒いほどの気候で、でも平日にいつもと逆の電車に乗るのはわくわくした。 珍しく遅刻せず、なんなら乗り換え待ち二十分の青梅で一度降りてコンビニに寄れた。 ほとんど顔合わせたこと無いけどNさんわかるかなと心配していたが 杞憂 帽子の特徴聞いてたのもあるけど、改札出てすぐわかった。 あとはもう、天気予報(晴れ予報だったが朝は曇りどころか霧まで出ていた)を疑いながら 「バスに乗ります」へー! 「ケーブルカーに乗ります」へー! と、目的のお山へどう向かうのか本当にまったく調べずに来たどうしようもない連れを朗らかに導いてくれたNさん。 ほぼネットでしか交流してないのに、このあと一日中ずっと話し続けることになる。 すごいな、同じものを好きで育ってきたからか。 バスからケーブルカーに至る道も、ケーブルカーから武蔵御嶽神社までのみちのりも急な坂がしばしば、たいした距離じゃないのに息切れしておのれの衰えにうっすら絶望したものだが、四六時中駆け回っていた学生時代なんてもう二十年近く前なのだから自惚れもいいところ...

脳天に月、花の盛り

この冬の繁忙期を乗り切りました、 やったー! 私の部署は個人単位で案件を統括するので忙しさが受け持ち案件の規模に依存しており、 この1月〜3月は規模大きめの案件を連続で抱えてたので土日もまったく気が休まらないような日々が続いていたんですが、無事にやりきっていまは次の仕事の仕込みに入っています。 次は秋にでかいのがあって、それだけを目指してのんびりやってるほどうちの部署は人材が潤沢ではないので売上を最大化するために合間で細い施策をちょこちょこ自分で立てて、あとは部署全体で受けた仕事をみんなで割り振りして、みたいなかんじで決して暇になったわけではないけれど 「うわ! 納期!!」みたいなフェーズは抜けたので休みはしっかり休める。 わあい。 とはいえまた今後の仕込みで台湾行く予定が入ったり、直近の案件も決して安定軌道にのったわけではないのでぼうっともしてられないのだが、 やっと周囲を眺める余裕ができた。 あ、ひとつ自慢していいですか。 10年近く前から好きで愛読してきた小説シリーズの周年イベントを担当することになって、作家とも直接お会いする機会があったんですが、 めちゃくちゃ愛情と気合を込めた企画の意図をばっちり汲んでくださって、お褒めの言葉をちょうだいしましたわーい!! 愛読者としてこんなにうれしいことがあろうか!!! アニメや漫画のイベントと比べて小説作品のイベント、とくにグッズ企画ってすこし特殊で、もちろんカバーイラスト&装画のイラストレーターが関わっているからイラスト推しにはなるのだけど 作品のを通じて繰り返される重要なキーワード、フレーズ、台詞、モチーフによって共有される作品の核というか「ああ、それそれ!」って伝わる「言語による共通認識」は確かにあって、小説作品を扱う上で、自分も文章を書く身として、そこは絶対に落としたくなかった。 ので、イラストだけに依存しないで、台詞や作中の象徴的なモチーフや文字列にによる美しい表現もグッズデザインやコラボメニュー、イベントコンセプトにに必ず反映する、というのが私の仕事上の信念でして、今回は特に時間のないなかでも妥協せずにわがままを通す(そのぶん自分でできることはやる)ことができて、 それが著者ご本人にも伝わって、こんなに嬉しいことはないと思った。 いや、本当に、かねてから「この作品で仕事できたらもう辞めてもいいな」くらいに思っ...

脱皮するかとおもった

十中八九乾燥のせいだし、そこにこの時期花粉も加わるので原因は明白だけれど 頬のとくに顎骨まわりの肌がぐるっと毛羽立ってしまい、いよいよ別の生き物になったかと慄いた。 はじめは「どうもカサカサしてるな」ぐらいだったので手持ちで保湿に励んでいたのだが、 例によって仕事終わりにざぶーんしに行ったら温泉の効能なのか毛羽立ったカサカサがあれよあれよと剥がれていく。以前、洗顔したら顔からきれいな鱗が剥がれてびっくりっていう掌編を書いたことがあったが、まさにそんなかんじ。剥がれ落ちた鱗はきれいだったけど洗い上がった顔は代わり映えしないってとこも同様。でもまあザラッと感はなくなったので良し。バイオリズム的にも、ターンオーバーのタイミングだったようなのでこんなもんだろう。 というわけで、今のところまだ人間をやっている。 食べられるときに食べ、寝られるときに極力寝ているので体調は悪くないが、絶妙なペースで締め切りが波状攻撃をかましてくるので不摂生になりがちだ。そりゃ肌も荒れますわな。 いま、コラボカフェのメニューにグッズ、会場装飾のアイデア出しから制作進行までの管理をほぼひとりでやっていて、これがまた諸事情でスケジュールが詰まってしまったもんで勤務中はなんだかずっと走っているし、他の案件も進行中なのでどれがどの話だかだんだんわからなくなってくる。個人的に一時期どっぷりはまって今も大好きな作品なのでかえってやりこんでしまって、いいものはできてきてるんだけど間に合わなきゃどうしようもないのでそろそろ潮時だ。 いや、もうどうにかなるところまでは来ている。 あとはホレ、ほとんどプライドの問題よ。 ものづくりって種類にもよるけれど、時間をかければいいってものでもない。こちとら職人技よりも一発芸に近いことをやってるので、ビュンと春一番を吹かせてしまえばあとは次々花開いていくものなのよ。 そんな南風が吹き荒れた三連休、最終日はよっこらしょと起き上がって観劇してきました。 『NUKIDO-外から見るか 芯から見るか-』 時代劇の斬られ役(外)と主役(芯)を巡るお芝居。 ずっと斬られ役をやってきた大部屋役者の面々が、ぽっと出で新春特別ドラマの主役に起用されたイケメン俳優のあまりの出来の悪さに絶望したり憤ったり。誰だこんな配役にしたのは、できねえならやめちまえと言うものの、芝居は華のある主役がいてこそ、観...

お布団巻いて

年が明けてすでに十日目でございます。 年末年始は暦通りの九連休。 その間、ダメ人間のお手本のような日々を過ごした。 仕事初めは徐々にギアを上げていこうと思ったら取引先から立て続けに回答がきて急に物事が動き出してしまい、チームみんなで「わわわ」と言いながら五日間駆け抜けて週末を迎えている。 暮れに、なにかひとつ身につけるものを手に入れようと心に決めていた。 ぼさぼさ伸びてしまった髪を切りに行く、寒いので首に巻くものがほしい、ならばストールか。 いつもの美容室へ行く前に駅ビルの店をダーッと見て回ったが流行りなのか大ボリュームパステルカラーふかふか毛布みたいなストールが目立つ。あるいはシンプルあたたかなカシミアか。 そうじゃないんだよな〜。 で、最終的に見つけたのが薄手で大判のダウンストール。デッドストックのダウンと生地を活用してるらしく色柄はまちまち。軽いしあったかいしこれだと思ったが今度はどの色柄にするかが決まらない。 予約の時間は刻々と迫ってくる。ので一旦離脱して髪を切ってからまた戻ってきた。結局、細い織り柄の入った明るいブルーのものに決め、「このまま巻いていきます」と宣言しつつ購入。 あったか〜い。 半分に折ったら膝かけにもなりそうな、幅広のストール。ぎゅっと首に巻けば北風の入る隙などない。さながらお布団ぐるぐる巻き装備である。 年の締めくくりにいい買い物をした。 あったか〜い。 休暇中のまともなお出かけはこれくらい。あとはだいたい飲んだくれていて、他にしたことと言えば実家に顔出しに行ったことと、むらくもやま日記本の入稿作業をしたことくらい。 そう、ひじきさんとやまおり亭さんが整えてくれたので、まとめ本の第二弾がでます。 今日我が家にモノが届いたんだけど、かわいい本ができましたよ〜。 他にもいろんな荷物の受け取りがあって、外では風が荒れ狂っているので一日ずっと在宅していた。いまはカレーを煮ているところだ。 うっかりコンソメを切らしていたので代わりに鶏ガラスープの素、古いローリエが残ってたので具材を煮るときにばさっと入れた。 このローリエ、祖母がまだ健在だった頃に庭で収穫されたものである。たくさんもらったのでまだある。 なんだか年越しの実感が薄かったのだけど、時間は刻々と過ぎていくね。 本年もどうぞよろしくおねがいします。

どこかでお会いしましたかオブザイヤー

またずいぶんと間があいてしまった。 仕事で色々あって怒りのデスロードをひた走っていたので、自分のご機嫌とりに腐心していたら他のことが大変おろそかになっていた次第。 ご機嫌取りといってもかわいいもので、 世界陸上開催中の国立競技場を冷やかしに行ったり、 近所でキャロットケーキ&チャイというゴールデンスパイスコンビのポップアップが開催されたのでぷらんと遊びに行ったり、 キャロットケーキが大集合するというので母と川越まで遠征に行き、のんびりランチしていたせいで敗走したり(到着してまもなく売り切れた)、 好きな建築家の展示を見に行ってから渋谷ストリームを探検したり、 気になっていた写真家の展覧会を見に行ったり、 BL創作の祭典へ仕事全無視で一般参加したり、 あ、けっこう遊んでんな とはいえ「ブランドバッグを買うザマス」みたいな発散の仕方ではないので健全というかなんというか こないだの週末は里芋をまるまる一袋全部、唐揚げ粉をまぶして揚げて食べ尽くすという暴挙に出て大満足したのであった。 思いつくままにふらふらとあちこちに顔を出して、知らない人とおしゃべりしていると「あれ、もしかして」と言われる率が高い。 もしかして、どこかでお会いしましたか? いや初対面です! 馴れ馴れしくてすみません、あとアレです共通の話題を探すのが得意なんです外ヅラだけはいいので!! と、急に早口で言い訳しながら後ろずさる日々でもあった。 一人のひきこもり時間が絶対に必要な生き物ではあるが、知らないだらけのただなかに飛び込むのは結構好きだ。遠くに行かなくても旅気分。誰も私を知らなくて、はじまりしかない。これはこれで心地良い。 はじめてのものとたくさんぶつかって、回路がバチバチつながる感じがする。 そんなかんじでワクワクしていると、「あれ、もしかしてどこかで」が発生するのである。  そろそろ受賞できるんじゃないか、どこかでお会いしましたかオブザイヤー。

マニアの素質

なにかひとつのことを突き詰める、というのが私にはとても難しい。 追い込むとか、追究するとか、決まったものにエネルギーを注ぐというのが万人にできるわけではないのだと、己の性質と向き合うにつれ身にしみてわかる。 できないのだ、深く執着することも、その執着を持続することも、とことんまで知りたいと思うこと自体ができない。 長子だから自ずとブレーキを踏みがちなんだろうとか、理系の教育を受けてきたことで視点のバランスを取ろうとするんだとか、もっともらしい理由をつけることはできるが、端的にそこまでの興味がもてないんだと思う。なんか好き、なんかいいと思う、あー楽しかった。それがすべて。とことん研究職には向かないと卒論修論のときに思い知ったものだが、いかに己が現場向きか、仕事はもちろん趣味や遊びのときも日々感じている。 だってもう、身の回りにプロとかマニアがあまりに多いんだもの。 仕事柄、漫画家や小説家、イラストレーターといったクリエイターと接することはとても多いし、趣味で物書きをやっていると同様にいろんな面白い人と関わり合うことになる。 広く浅く、全体を大づかみに把握するのは立場上大切なことだし求められる方向性を肌感覚で捉えるのも得意、応答がはやいのでズレが生じた場合もぱっと修正できる、 しかしこの軽さに不安を覚え、コンプレックスを感じるのも事実。 怖がりなんだと思う。 執着して、失うのが怖い。私個人では動物は飼えないと思う。不慮の事故や病気にかからない限り人間のほうが長生きする、ということは先立たれるのが確定していて、失ったときに「ちゃんと愛情を注げなかった」と後悔するのが見えている。その後悔が怖い。外に向く矢印があまりに弱い、そのことがわかっているから、相互に深く踏み込むことに強い抵抗を感じる。 以前、創作メインで星占いしてもらったときに「糸の切れた凧」「空中戦やってる」「でもなんだかんだちゃんと帰ってくる」「なぞの辻褄合わせ力」みたいなことを言われて、なるほどなあと思った。プロとかマニアって、しっかり根っこを張ってるイメージなのだが、私は凧なのである。かろうじて糸でつながっていて、誰かが握っててくれるからぎりぎり飛んでいられるのだ。 こころもとないねえ。 こんなことを言い出すなんて、夏の疲れが出ているわ。 そう、実はこのところ、土日に台湾行ったり、日曜に作家対応で店舗に出動し...

昼からビール、からのうたた寝

七月には仕事も落ち着くとか言ったのはどこのどいつだ! とかいってまだ六月末ではあるのだが、紫陽花こそ咲いているものの雨はざざっとしか降らないしやたらと暑い日が続いている。私にとって、気温の記憶は陸上競技場の朝の空気と分かちがたく結びついていて、まだ人影もまばらな大空間に立ったときに肌を撫でるあの風はこんなに熱っぽかっただろうかと振り返る。 もう十数年前のことだ。この十数年のあいだに、夏はずいぶんせっかちになり、幅をきかせるようになった。春や秋のなんと肩身の狭そうなこと。 取引先の無茶振りにキレ散らかし、なかなか返事のこない相手に丁寧かつ圧の強い連絡を入れ続け、いまいち的はずれな後輩の提案にばさばさと赤を入れながら、 「ああ〜どっか行きたい」という欲求が募りに募った六月。 本当は旅に出られるはずだったのだが急な出費でそれどころではなくなり、自宅に縫い付けられてしまったのがいっそうきつかった。 そこへ、高円寺の書店・読夢の湯がまた即売会を開催なさるという。 ひじきさん山折亭さんが直近で出展されていて、くたびれた現代人に癒やしをもたらすまったりイベントということは聞いていたし、すぐ下のたこ焼きもずっと食べてみたいと思っていたし、なんか「外に出る」休日が必要な気がしたので勢いでポチった。 ら、お席が用意されたのである。 抽選になったと聞いていたので、これは本当にありがたかった。 そんなヨムフリ高円寺vol.8は、レジカウンターに並べられた出展スペースくじからはじまった。 出展者は一回につき8名。店主の心配りにより開会前の自己紹介から始まって、緊張した面持ちの面々も開幕早々にきてくれるお客さんと「ちょいとビールを」と立ち上がる出展者の動きでじわじわほぐされていく。今回は日記やエッセイを書く人の比率が多かったこともあり、あやしげな隣人と共存する小説(語弊)も面白く捉えていただけたようすで、私の拙い作品紹介も辛抱強く聞いていただけてありがたかった。 そう、まったり空間だから慌てる必要もないのである。世間話をしつつ、思い出したように本の話もして、興味が向けば手に取ってもらう。思い残しがないイベントだな、と思った。コミュニケーションに無理がない。出展者同士でもお客さんともいろんな話ができて面白かったな、と心から思えたのは久しぶりだ。テンション上げてガツガツいく元気はないけどなんかじっ...

わからないことの手触り

暦どおりの四連休は、ひたすらのんびりして過ごした。 まともな外出といえば、朝イチで用事をすませたついでに渋谷で遅い朝食を食べてそのまま散歩で遠回り、代々木公園で薔薇や寄せ植えの庭をぶらーんと眺めて帰った一回きり。あとはこまごまと家事をしたりイベント前の宣伝をしたり、ただ食べて飲んで寝て起きて、休める限り休んだ。 お休みに予定がないと不安な方からしたら逆に寝込みそうな過ごし方だが、家にいると決めたら徹底的に家にいたいので大変幸せであった。出かける日は予定をまとめてフルで出かける。用事はひとかたまりにして、まとまった引きこもりタイムを確保したい。 ずっと誰かにそばにいられると死んじゃうのである。うさぎさんの逆。 連休最終日、雨は降るわ気温は下がるわで、何がゴールデンださむいさむいと布団にくるまって読書しかしないことに決めた。 わあ贅沢。 まるで無音というのもな……と考えプレイリストを眺めるがいつもと同じも面白くない。作業用BGMといえば(作業などしないが)YouTubeか、と思い至りそれっぽいのを探すがどいつもこいつも眠くなるようなリラックス音楽ばかりで昼寝する気しかしない。 ちょっと路線を変えて、映画とかテーマパーク系にしてみたらちょうどよかった。べつに落ち着かなくていいのよ、ちょっと浮足立つくらいで。 というわけで、今日はディズニーリゾートのパーク内BGM縛りにしました。 バタバタしてるときは悩むことすら厭うてしまうので時間があるときはいろいろ試すよいチャンス。 飛浩隆『零號琴』。 本日読了した小説のタイトルである。 読み終わるのにずいぶん時間がかかった。年単位でかかった。中断しては間があいて、思い出しながら続きを読むからまた時間がかかる。なにしろ辞書みたいなハードカバーなのだ。合間に読もうと持ち歩くにはでかすぎる。 それでも私は紙の、ハードカバーがよかった。カバーのインパクトもさることながら、本体の装丁がめちゃくちゃ渋くてかっこいいのだ。あと長い小説は特に、ざざっと戻っておさらいするのに紙のほうが都合がよい。辞書もいまだに、紙で引くほうが早いタイプです。 話がそれた。 SF作家が描きだす、ものすごくスケールが大きくて好き放題やる話。 都市レベルのでっかい集合鐘を演奏するぞ、資本も職人もかき集める大プロジェクトは表も裏も事情に事欠かないが、これはそもそも一体誰が何の...

こうかはばつぐんだ

いやーーーー 弊社は皇居のお堀端、桜は満開だが会社の窓から見下ろして満足するしかないくらいチーム内で人の倍仕事をこなしているきがいたします、草群です。 ごきげんよう。 この仕事をしていたらいつかは好きな作品に直接関わることもあろうと妄想を重ねること2年弱、まんまと舞い込んでくるどころかその後どんどんメディア展開の幅が広がり、なんかえらいことになっている&これまでお付き合いのある取引先の仕事もでかいのがきて、チームのなかでも私のスケジュールだけめちゃくちゃなことになっている。 えーーー。 どう考えても私が一番案件を抱えているので「たすけて!」って絶叫したらスッと手伝ってくれる人はいるし、私も身動きとれるうちにアラートを上げられる分別はあるのでいまのところ事故らずにすんでいるのだが、まあ綱渡りもいいとこで、こんな状態で5月の文学フリマに新刊を出せるのかどうかは甚だ疑問である。 出すけど。 放置&後回しグセで大炎上した後輩とか、最低限の確認を回すことさえ怠るヤツとか、仕事とはなんぞやというところから叩き込まねばどうにもならない同僚にバチクソキレちらかしつつ(私だって穏やかに仕事したいのだが、他に誰も怒り役がいないのだ)、きっとよりよい明日が来ると信じてやっていくほかない、とすぐ上の上司&同格の同僚と溜め息をついている。 あとさきとか、相手のことを考えて仕事を渡せる人って貴重なのね。 勉強になりました。 そんなこんなで、ただでさえ自分の抱えてる仕事がどれもこれも期日に追われている&後輩の炎上案件のリカバリまでやってるもんで、エンドレスで段取りと優先順位を考え続ける日々、なんなら移動の時間は予習と振り返りの時間で、片時も気の休まる暇がない。3月上旬に「これはまずい」と都心の天然温泉スパ施設利用券を確保し、どこかで合間を探って休養をとろうと目論んでいたものの「いま休むと危険」な日々が続いて走り続けるほかなく、購入から一ヶ月の期限は刻々と迫っていく。 全部最短で打ち返してるのになんで仕事が増えるのか。 まあそれは正直当チームの炎上コンビ(ベージュ&桃太郎)のなせるわざなのだが、いい加減こちらも張り詰めすぎて、なんなら一昨日の朝は本当に起きるのがしんどかったので、もう無理だという結論に達して半休をねじこんだ。 いざお風呂。ざぶーんの国。 弊社、徒歩圏内に都心型総合エンタテインメント...

本の読める日

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まちなかに住んでいると、「なんかおいしいもの食べたい」が徒歩圏内で叶えられる喜びがあるなあ、と実感する休日。 ここ十日ほど、「頑張れば頑張るほど貧乏くじを引く」としか言いようがない理不尽な目にずいぶん遭って、似たような境遇に置かれた周りの心ある仲間たちとなんとか励まし合い、昨日土曜日にとどめの一発をお見舞いされて風呂にも入らずにふて寝したのだが 翌日曜日の今日、己に褒美を与えんとする意欲が蓄積した疲労に勝り、昼過ぎに街に繰り出したのであった。 豪雪の地域もあるというのに東京はすっかり春の陽気、なるほどだからお布団から出るのが容易だったんだと上着もなしに家を出て、溜めこんだクリーニングを出し、送るべき荷物も発送し、すっきりした気持ちで歩きながらランチの検討に入る。 ラーメンは遅い時間でも食べられるし、チェーン店の気分でもなし、なんとなく感じのいい店で過ごしたいなあと考えて、洋食のらすぷーるへ。 ここ、サラダのドレッシングが異様に美味しいのだ。日替わりランチのハンバーグは角のとれたやさしいデミグラスで、例によって例のごとく、吸い込むように平らげてしまった。 フロアを担う明るいお姉様方の心配りが行き届いていて、こちらの何気ない一言にもポンと小気味いい返答があって、子連れも年配のお客さんものびのび食事を楽しんでいるし、本当にいいお店だなあといつも思う。 それからカルディでうまそうなものを買い込み、芋洗いの如き通りを縦横無尽に歩き通してバースデーカードやらお花やら、以前から目をつけていたマーガレット・ハウエルのカフェでキャロットケーキも入手し、通りがかりにうっかり徳利を買いそうになったが一度見送り、本屋でピンときた文庫本を連れ帰って、それでもまだ午後四時すぎ。 このまま帰るにはまだ惜しい、といつもの焼き鳥屋さんをのぞいてみたがしっかり繁盛しており、駅前の通りを脳内でざっとおさらいしてみたところ そうだ 鳥貴族があるじゃないか 焼き鳥好きを公言しておきながら鳥貴族は行ったことがない、と言うと小さく驚かれるもので、いつかは行きたいと思っていた。最寄りのトリキは駅前ビルのだいぶ上の階で、見るとビル前にいつも若者がたまっているので立ち寄りにくかったのだが、聞けば一人客にもやさしい席配置になっているという。 ふくらんだエコバッグには買ったばかりの文庫本。軽く焼き鳥をつまみつつ、呑みなが...

変わり目を乗りこなせ

また少し間があいたので、ドラマティックの話とかコノコネコノコの話とか書きたいことはたくさんあるんだけど、せっかく交換日記なので今回はふたりにまだ話してないことにしよう。 わかりやすくなにかにハマるということの少ない私(焼き鳥をのぞく)にとって、久しぶりのブームがきた。 キャロットケーキである。 なにかと縁はあったというか、印象に強く残りやすい食べ物ではあった。カフェで作家さんの個展が開催されたときにイベント的に提供されたものだったり(バラの形のバタークリームがとてもすてきでおいしかった)、ちょっと奮発したランチのデザートだったり、「あれは美味しかったなあ…」と振り返るとだいたいキャロットケーキなのである。 というわけで、某ヤクザの親分(魔王のほかさまざまな異名を持つ)にならって、今後はどこでどんなのを食べたか、ちゃんと記録をつけようと思うのだ。 先日は平日に休みをとれたので、やりたいこと全部やろうと思って古代エジプト展とモネ展のチケットをとり、キャロットケーキ狩りを心に決めて丸一日出かけた。 さーてまずは肩慣らしに、と思って西荻窪(家から三番目に近い駅)からさらってみたら、駅にくっついてる店いずれもキャロットケーキを扱っており、「あれ、このひとこんなに一般的だった…?」と複雑な気持ちになった。 いや、嬉しいんだけど意気揚々と「探す」気でいたので拍子抜けというか…。 ともあれ早くも2キャロを確保して(できるだけ早く冷蔵庫にいれてと言われたけど冬だからまあ…とそのまま電車にのった)、麻布十番、蔵前、池袋、上野と本当にフルで一日歩き回った。 調子が良かったのは麻布十番までで(早い)、なぜなら美術展や博物展というのはゆっくりゆっくり移動しながら一時間以上立っているので、観終わると満足感と反比例してどっと消耗を自覚するのである。おなかは空くしおねむだし、遅めのお昼をはさむとそれなりにいい時間になったりして、カフェやお菓子屋のひしめく蔵前についた頃には冬の陽はやや傾いてショーケースにも空きが目立つようになり、もしかしたらあったかもしれないキャロットケーキに出会えないまま他の焼き菓子をつい買い込む謎の遠足に成り果てた。 まあ、これはこれで。 適当に見当をつけながら歩いていたらカフェやお菓子屋のほかにも祭半纏や花火、玩具の卸商店に出くわしてとても楽しかった。 と、一日を描写していく...

やってしまった

新年早々、不用意にSNSに書き込んだ内容が波紋を呼んでしまい、己の悪いところが全部出てしまったと落ち込んでいる草群です。 ……ああ、やってしまった……。 このところ、考え方や発言がどうも偏るというか、ひとりよがりな方向に行きがちというか、むやみに表に出さなければ人に迷惑をかけることもないのだけどはずみでぽーんと言い放ってしまったりして そういうときの言葉って視野が狭いから強く攻撃的になってしまうって わかってたのに。 本当は引っ込めたほうがいいのだけど、引っ込みつかないところまできてしまってるので戒めとして残しておく。 ああ、全部自分が悪いだけに逃げ場がない。 今後は本当に気をつけます。 こんなことをここに書くのもどうかと思いつつ、年末年始も実は仕事のトラブル対応などなどでまったく落ち着かず、実家で過ごした二日間はほとんど療養みたいなもので、楽しい話題が思いつかなかった。 心のうちを書き留めておくのが日記だと言ってしまえばまあそうなんだけど、さすがにこれは… あった、そういえばひとつ 年末に、友人の職場を訪ねるのも兼ねて国立までビールを買いに行った。 その酒屋さんが自前の醸造所をもっている、つまりオリジナルのクラフトビールを作っていて、各地のクラフトビールといっしょに買い求めたのだが、 そのビールがどう考えてもフライドポテトにぴったりだったのだ。 軽い飲み口、どうも麦芽の使用量が少ないため発泡酒に属するらしいのだけど、ふわっと爽やかな味わいのあとに、挽きたてのフレッシュ黒こしょうみたいな香りが鼻の奥に抜けていく気がして 醸造所の説明にはそんなことどこにも書かれていないのだけど https://kunitachibrewery.com/kuniburu-beer/2024/ これはぜひ、皮付きのホクッとしたフライドポテトと食べたいなと思ったのだった。 名前が「2024」なので、まだしばらくはあることを願って。 今回は実家で飲み尽くしてしまったのだけど、今度むらくもやま用に買っていって、みんなでペロッと試してみたい。 こういうとき、公園が近くにあるっていいよね。 というわけで、ふつつかものではございますが、今年もどうぞよろしくお願いします。

健康で文化的な最高の生活

おばけキャッチおばけこと魔王ひじきが倒れ、復活の儀を目前にしてやまおり亭が沈んだ…… まっさきに体調を崩したものの軽症ですんだ草群は激動の人事により猛ダッシュ綱渡りを強いられ、気づけばもう師走である。 おい、師走じゃなくても走ってるぞこちとら。 とはいえ、みんな元気になってよかった。 職場に遅くまで残ることは減ったが、裁量が大きくなったことで時間の密度が上がり、平日はもうへとへとになって帰っている。でもあれです、日々スケジュール調整との戦いで緊張状態は続いているが、嫌な圧力がなくなったので精神的には楽。 崖っぷちを満面の笑みで駆け抜ける変態とは私のことだ。 やまおり亭さんにお誘いいただき、ひじきさんと三人で「長崎蝗駆経(ながさきむしおいきょう)」というお芝居を観た。 役場の地下にある劇場、さすが下北沢というところから始まって、一歩踏み入れれば壁一面のバッタ、演出家の軽快な開演前口上、そしてベンと鳴る琵琶の音。 大量発生したバッタ、つまり蝗害に立ち向かう人々の群像劇。シン・ゴジラみたいなかんじかしらと思っていたら、ある島に虫を操る一族がいるという。因習の気配に薄ら寒さは覚えつつも唄に踊りにとぐんぐんテンションが上がって、しばらくは笑ったり驚いたりしながら劇中で操られるバッタの大群のごとくぐるぐると没入していった。 やがて話はどんどん生々しく、業深くなっていき、べろりと剥き出しになった真相とがらりと変わる人相、あまりの落差に息を呑んだ。 人ってこんなに変わるんだ、と思った。 演技だとわかっていても恐ろしかった。 月並みだが役者ってすごい。そして、この体験は舞台でないと難しいだろう。画面越しではあの狂乱、あの慟哭は伝わらない。生の声の迫力を全身で浴びて、しばし呆然としてしまった。 誘っていただいてよかった。誘われでもしないと休日は家でダンゴムシのように丸まっているか、手近なものを飲み食いしているだけの草群である。 観劇の翌週は例によって文学フリマで、私は久しぶりに出店を見送ったので気楽なものだった。ひじきさんとやまおり亭さんのところへ「調子はどうじゃ」と冷やかしに行ったりしながら、いつもはどスルーする評論やノンフィクション系のエリア(いわゆる文芸じゃないならコミケでいいじゃんかと思ってこれまで目の敵にしていた)ももれなく巡ることができ、うっかりいろいろ買い込んでしまった。...

好きなものはずっと好き

やあやあ、またずいぶんと日があいてしまった。 その間に当社比たくさんの人、特に古い友人たちと会ったり連絡取り合ったりして、あまりに久しぶりな人ばかりなので「そろそろ死ぬのかな」と思ったりした。 むらくもやまでせっかくハンサム食堂行ったのに二日酔い引きずってたしね… その節は大変失礼しました。 一向に涼しくならない9月、回し続けたエアコンはフィルターをずいぶんほったらかしていたせいでまんまと体調を崩し、喉をガラガラいわせながら札幌へ向かったのが22日のこと。 文学フリマ札幌、ひじきさんのスペースにてお披露目となる「じゃがいもアンソロジー2」の応援、という名の食い倒れのはじまりである。 前日入りして妹夫婦としこたま飲み、イベント当日も一般入場開始を12時と勘違いして札幌の友人と遅いブランチをキメてきて、遅れて呑気に現れても「おつかれさまです」と迎えてくれるひじきさんとKさんの懐の深さ。 文フリ札幌、ゆっくり見られる規模感と空間の余裕があってとても良かった。あと、大きな窓があるから明るいし開放感がある。気持ちのいい会場だなと感じた。 スペースに椅子は2脚のみなので、応援といいつつできることの少ない(お二人が有能すぎて出る幕がない)草群はオーバーオールでイモっぽさを演出する看板と化した。じゃがいももりんごもおばけキャッチも日本酒ペロリもなんでもござれのひじきさんの軽快トークに時折茶々を入れつつ、人通りが途絶えたと見るや「提出当日に未着手の宿題」のごとく(身に覚えしかない)じゃがいもアンソロジー2の各作品の感想というか簡単な紹介文をSNSに連投し……と、ほぼなんの役にも立たなかったがしばらくぶりのイベントの空気を楽しませてもらった。 まじで何しに行ったんだ。 遊びに行ったんですね。正直でよろしい。 ひじきさんが席を立つ間は、前日すでに空港〜札幌市内を駆け巡ってへとへとになっているKさんに推しの話を聞かせてもらいながら、おいもを送り出したり、おばけキャッチと男の子の運命の出会いを見届けたり、なんだかほんとに、よい思いばっかりさせてもらっちゃったなという気持ちである。 さて、文学フリマ札幌は盛会のうちに16時閉場、 その後はもはや今回の目玉と言ってもいい「穀物祭」が控えていた。 じゃがいもアンソロジー2の寄稿者のうち、主催を含め5名が全国各地から集う、こんな機会はめったになかろう...

わらしべジェットコースター

久しぶりのむらくもやま会合、あれはおいしかったなあ…。 近所にあることは知っていたがなんとなく素通りしていたお店に連れて行ってもらって、三人でひたすら平らげるのはとうもろこしのかき揚げとか鴨のステーキとか新レンコンや舞茸の天ぷらとかカンパチのフライとかアンチョビが本気のアンチョビポテトとかいちじくバターとか なんかそういう、肩ひじ張らずに美味しくて、でもちょっとひねってあるメニューの数々。 明るいうちからはじまる宴、季節感も手伝って何を食べてもおいしくて、楽しいメンバーでお酒も進むし例によってしっかり酔っ払って またじぶんばっかり喋っていた気がします。もっと聞きたい話あったはずなのに。ワーン。すぐ調子に乗るんだから!! それくらい楽しかった。 あと本当にメニューの端から端まで食べたかった。5時間あっても足りないぜあれは。 さて、それから実家に顔出したり働いたりしたら一週間なんてあっと言う間でした。 というわけで、むらくもやま会合から1週間後の話を。 実はこのところ平日は本業、土日はお代をいただく制作物(つまり副業)でずっと稼働しており、この週末が副業のほうのヤマだったのだが、 まあちょっとしたことでつまづいて、解決策を見出すまでに紆余曲折あり「イーーーーーッ」となってしまったため(そしてひとまず道筋はみえたので)、気分転換しようと外に出たのである。 レターパックが入り用だったのでローソンに行って、ついでにからあげクンでも食べよう、と思って直接レジに行ったら、 レターパック売り切れ いやいやこれじゃあただからあげクンだけ買いに来たみたいじゃないか…と少々がっかりしながらぶら下げたサコッシュにほかほかのからあげクンを押し込んだ。 踏んだり蹴ったりだなあと思いながら、甘いものを飲みたくてふらふらスタバに立ち寄ったところ、レジのお姉さんがなかなか陽気な人で、まず私がぶら下げたサコッシュを褒めてくれる。 「わあ、かわいいですね」 「いやほったらかしてたんでホコリまみれですけど」 「そうですか?」 褒められて悪い気はしない。このサコッシュ、自分で描いたイラストをシルクスクリーンで刷って愛用(のわりにホコリまみれ)していたので、あえて言わないがちょっとうれしい。 だから、口が滑ったのだ。 「そういう、サコッシュっていいですよね。見た目よりたくさん入りそう」 「いまからあげクン入っ...

日々は続く

うわ二週間経っとる! どうかご容赦ください、遊び呆けていたわけではないのだ。 仕事がバタついてるのはいつものことなのだが、 七月上旬に祖母が亡くなり、前後で心がなかなか落ち着かなかったというのがとても大きい。十年以上前に祖父が亡くなったときはもっとたくさん親類がいたのに、残された人間は数えるほどになってしまった。 コロナ禍もあって数年ぶりの長崎、ずっと良くないのは聞いていたから心構えはできていると思っていた。 思っていたのだけど、目の当たりにするともうダメだった。 祖母は誰からも愛されて、おしゃれだし多才だしいつもきちんとしているし威張ったところもない、身内びいきでなく本当に立派な人だった。だった、というのが過去を実感してまだ切ない、というのは置いといて、いい思い出は山ほどあるはずなのに、失ってみると後悔ばかりがよぎる。 忙しいだなんだ、コロナだなんだ、たしかに身体が弱っている相手にホイホイ会いに行くのは憚られるが、なりふり構わずに会いに行けばよかった。節目節目でかならず背中を押してくれて、いいことがあれば一緒に喜んでくれて、大人になってからは夜更かしして色んな話ができるようになって、でも住まいが離れているからそんな機会も数えるほど。 何も、何もできなかった。 まだ何も返せていない、いや、この先も返せるかどうかは怪しいが、そうじゃなくて。 残されるというのはこういうことなのだ。 もう会えない悲しみと同じくらいの重さで、情けない気持ちがずっしりと身体の底に沈む。 祖母には信念というより覚悟のような「こうありたい」があって、揺らがない芯はありつつ人当たりは朗らかなのが素晴らしいところでもあり、恐ろしくもあった。なんでそこまでできるんだろう。すぐ癇癪を巻き散らかす孫は不思議でしょうがなく、がっかりされるのが怖かった。だからずっと、祖母(祖父も)に対しては他人行儀なところがあって、なかなかべったり甘えることができなかった。 いつも朗らかで、人の悪口を言わず、どんな相手にも心を配る。 離れていても、そういう祖母を見てきたのだ。私もそうなりたいし、そうありたいと思い続けることがきっと大事だ。 私の後悔は、これからの生き方で少しずつ溶かしていけたらいい。 生きている私達の日々は続くし、立場も仕事も人間関係も山ほどあるし食事も睡眠も生きることすべてを考え続けていくのだ。ずっとひとつ...

塗りと余白

塗りのお箸を買いました。 食いしん坊を名乗るなら、いずれはいい箸を使いたいと思っていたのだ。ウレタン塗装も楽で良いけれど、漆塗りはまた別の良さがある。真っ黒も真っ赤もいいけれど、私は溜塗が好きだ。朱で中塗りして、半透明の透き漆を塗り重ねる。新しいうちは黒っぽいんだが、使っていくうちに色味が変わる。少しずつ透明感が出てくるのだ。 この色が好きでなあ。 溜塗の椀も持っている。これは、ヒカリエにある食堂で使っている小どんぶりぐらいの椀の感じがとてもよかったので、通販で同じものを買おうとしたらサイズを間違えて普通の汁椀サイズだったという、 まあでも、日々の味噌汁が格上げされてこれはこれでよい。 ただなあ、味噌汁も豚汁もがぶがぶ飲みたいので(いつか塩分過多で死ぬ)(汗っかきだから意外に大丈夫な気もする)、やっぱり小どんぶりサイズもいずれは、と思っている。 椀は浄法寺塗、箸は東京の職人のもので、丸太から削り出した逸品だったらしい。 らしい、というのは、塗りの見た目と手にしたときの細さがしっくりきただけで「ください」したため、添えられていたリーフレットであとから知ったのだった。 見る目あるじゃーん。 椀は使いはじめてしばらく経ち、いい具合に透け感が出てきた。 箸は四月の自分の誕生日にでも、と思っていたのだが、自分のためにじっくりものを選ぶ元気がなくて最近まで引っ張っていたのだった。ようやく役者が揃って、いくらか日常に張りがでたように思う。 相変わらず仕事では自分の悪癖と向き合って四苦八苦しつつ、たまに個性という名の飛び道具でぽーんと褒められたりして浮き沈みの激しい日々だが、帰ってくるなり力尽きるターンを抜けたので、器にも気を配れるようになったのである。 余白が生まれたのだ。やったあ。この余白、どう過ごそうかなあ。 とかなんとか、「ていねいな暮らし」みたいなことを口走っているものの、いま半裸でこれを書いている。 なんだここ数日の暑さ。ていうか湿度。やっと人間らしくなれたと思ったら、この暑さのせいで今度は社会性を失いそうである。 はやくにんげんになりたーい。

大人への調律

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まだまだやんちゃ盛りの三十代、みなさまいかがお過ごしですか。 かくいう私は三十代も後半、それなりの変化は感じつつまだまだといえばまだまだ。妻でも母でもない個人としての自意識が強いためか、落ち着きとはほど遠い。先日の文学フリマでは、金髪に開襟柄シャツという出で立ちで臨み、名札なしでもたいがいの方に認識していただけたのが実はちょっと嬉しかった。 普段の仕事も同様の装い、ほぼTシャツとデニムで過ごしているので毎日の服選びのなんと気楽なこと。 いつも通りであれば。 仕事の都合で、今月は人前に出る機会が大変に多い。さすがにTシャツデニムというわけにもいかない。その第一弾だった昨日は、あったあったとプリーツが入ったお気に入りのブラウスを引きずり出してきて慌ててアイロンをかけたが、次も同じものを着ていくわけにはいかない。 困った、着るものがない。 思いっきりラフか思いっきりお出かけ着か、どちらかしかないのだ。気張りすぎず、ほどよくきちんと感のある、その上でそれなりに動ける装い、いわゆるオフィスカジュアル的なワードローブとは無縁の人生を送ってきたので引き出しも少ない。っていうかほぼ皆無じゃないか。美容室のタブレットでめくる雑誌もオズマガジンとか散歩の達人ばっかりだぞ。 今日のむらくもやまご飯会ではそんな悩みともいえない悩みを吐露しつつ、おしゃれでおいしくて個性的なランチを楽しんだ。 約一年前、桃パフェフィーバーに阻まれて訪問を断念した西荻窪の「Typica」で、なすやじゃがいものアイスをふくむパフェが提供されるという。このへんのアンテナの高さ、情報の早さはさすがのひじきさんで、ばばばばと連絡を取り合って決まった日取りが今日だったのだ。 噂に聞く前菜のパフェ、紫芋のチップにじゃがいもや焼きナスのアイスクリーム。いずれも、ちゃんと野菜の風味がしてさっぱりした甘さ。おいしいおだしの銀餡と、ぷちぷちした蕎麦の実のサラダ、そばのブランマンジェ、多分クリームチーズベースのしいたけクリームによるもっちりした濃厚さのあとに、しゃきしゃきと爽やかな茗荷のソース。 夏の訪れの味がする…! おもては紫陽花が競い合うようにボリュームと鮮やかさを増す頃合い、ちょっと蒸し蒸ししはじめた今の季節にぴったり、かつすでに満足感が高い。 うまいすごいうまいと口々に感動を言い交わし、続いて季節のカレー。ほうれん草サグカ...